少女は頬を薔薇色に染めて告げた。
「そ、それは一体どこの誰なのです!」
と、若者は少女の肩をがしりと掴み、問い質す。
少女は恥ずかしげに視線を反らし、口元を袖で覆うと、
「竹中……半兵衛様です」
と、更にぽっと頬を染めて見せた。
その反応に若者は二人の間に、あんな事やこんな事と言った口に出すのも憚られる営みがあったに違いないと察し、よろりと後ずさるようによろけた。
「そ、そんな……いや、あのような脆弱な軍師などと……」
ははは、と現実逃避をするように若者が乾いた笑いを上げる。だが、少女はほう、と甘美な思い出に浸るように、うっとりとため息をつき、
「脱ぐと意外とすごいんです……」
若者がぶしっと盛大に鼻血を噴出した。何をどう想像したかはさておき、
「それは如何なる部分が如何様に!?」
と、少女の肩を強く掴んで前後に揺さぶる。
少女は耳の端まで真っ赤に顔を染め、
「そんな……とても私の口からは……」
まるで心の傷を表すように、ぶしゅっと若者の耳鼻の奥から血が噴出す。
そして、白目を向いたまま、ふらりと少女に背を向けると、
「竹中半兵衛、かくごーーーー!」
脇差をすらりと抜いて、まるで怨敵を探すように屋敷の方へと走り去って行ったのだった。
とりかへばや奇談03
「殴りますよ?」
と。
男は冷ややかな眼差しで見下しながら、眼下に転がったぼろ雑巾のような身体に向ってそう言い放った。
男は言わずと知れた稀代の名軍師・竹中半兵衛、そしてぼろ雑巾は軍師見習いのである。
が、ひょんな事から二人の精神は入れ替わってしまっており、正しくはが半兵衛をぼろ雑巾になるまで叩き潰したというのが正しい構図である。
「殴るって……もう十分、殴ったじゃん」
とは、ぼろ雑巾――――もとい、半兵衛の言葉である。
折れた所がないか調べようと腕を上げかけて、痛みに耐え切れなくなりばたりと腕を落とした。本来であれば薄幸の美少女然とした美しい娘なのだが――――今は見る影もない。
「違います。今のは叩いたんです。次は殴ります」
「今よりも酷く……?」
「ええ、ボッコボコのギッタンギッタンにします」
の瞳があまりに真剣で、半兵衛は小さくひぇっと悲鳴を上げた。
さて。事の発端は半兵衛が口から出任せに口走った、と半兵衛の馴れ初めに付いてなのだが、余計な脚色を入れたおかげで、見知らぬ若者がに向って切りかかって来たのがつい先ほどの事。わけも分からないまま相手を撃退した所、
『あのような可憐な乙女に不埒な真似を! 貴様、恥を知れ!」
と、よくも分からないまま罵倒された。
結局、何が何なのか理解はしなかったが、とりあえずあの男が原因である事には違いないと納得し、はこうして半兵衛を討伐に出向いたのである。
そして、今に至る。
「ちょっとからかっただけじゃん〜。それにさぁ、誰か好きな人がいるって思わせておいた方が、断りやすいし。ああいう思い込みの激しい類の人間は面倒くさいよ〜? それこそ、今回みたいに刀なんて振り回しちゃって」
「それはあなたのせいでしょう!」
と、は半兵衛の脳天に、手刀を叩き込んだ。
あいたたたた、と呟きながら半兵衛は頭部をさすった。
「とにかく! これ以上の面倒は起こさせません」
はそう高らかに宣言すると、パンパンと両手を叩き合わせた。
途端、すっと襖が開かれたかと思うと、頭部が前に盛り上がった青年が姿を現す。の弟分である福島正則である。
「これからは護衛をつけます」
「護衛?」
正則はどすどすと大またで部屋の中に足を踏み入れると、ガンを垂れるようにして半兵衛を見やった。
「軍師〜。てめぇ、この前のこと忘れてねぇからな」
この前の事――――と言うのは、正則がまだと半兵衛が入れ替わった事を知らなかった時の出来事である。以前、半兵衛が官兵衛を誘惑しようとしたのと同じように、正則も半兵衛の悪戯――――もとい、に良からぬ感情を抱いていないか試されたのである。
とは言え、健全な青少年にとって、寝起きに憧れの女性が布団の上に乗っかっていたらどうだろう。ねえ、などと鼓膜をくすぐる様に耳元で囁いて、白い足を見せ付けるように晒されたら――――これは夢の延長なのか、と早々に理性を手放してしまっても仕方がない。そして、手放してしまったのである。
布団の上に組み伏して襲いかけた所にが現れ、どちらもこっぴどく制裁を受けたわけだが、その時の純情を弄ばれた恨みを正則は未だ忘れてはいない。明らかに護衛にあるまじき邪悪な空気を醸し出している。
「あ、あのさ、俺、護衛とかいらないから……」
と、苦笑を浮かべて辞退した半兵衛だったが、すぐさま怒った顔のに違います、と却下される。
「べつに半兵衛様のためじゃありません。私の身体の護衛です」
半兵衛様がどうなろうと知った事ではありませんが、私の身体で良からぬ事をされるのは困るのです――――と。
腕を組んで、ふんとあごを反らして告げる。
元の姿でちょっと照れながら言ってくれたら、さぞかしツンツンデレデレしていて可愛いんだろうけどなぁ、と半兵衛が邪まな妄想をしていると――――げしっ、と背後から背中を蹴られた。
「ちょっ、何すんのさぁ!」
妄想の邪魔をされて、畳の上に突っ伏した半兵衛ががばりと起き上がると、背後に仁王立ちの正則が立っていた。
「の身体が怪我したらどーするつもり!?」
と、食って掛かったが、意外にもはそれでいいんです、と正則の肩を持った。
「半兵衛様が邪まな事をしたら、死なない程度に殴りなさいと指示しています」
「ええっ、可愛い顔が台無しだよぅ」
「半兵衛様が邪まな事をしなければいいのです」
そうきっぱりと言い切られては反論の仕様がない。
「私は仕事に戻るから……正則、よろしくね」
が肩を叩くと――――外見は半兵衛の姿なのだが――――正則はおう! と張り切った声を上げた。
まるでの忠実な番犬だ――――
番犬と二人、部屋に残された半兵衛は、正則の顔をそっと見やり、やはりガンをぶつけるような視線を向けられて、げんなりと顔を歪ませたのだった。
end
正則くんが護衛になりました。