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とりかへばや奇談





 チュンチュンとスズメがさえずる声を陽光と共に聞きながら、男は寝起きの顔をさらに不機嫌そうにしかめて、布団の上に圧し掛かる娘を見やった。
「おはよう」
 と、娘はにこにこと上機嫌な顔で、布団の上から馬乗りになり、朝の挨拶を告げる。
 着物の裾から白い足をすらりと覗かせ、まるで挑発するように膝小僧を前に進める。しかも、故意に着崩れさせた小袖は襟元も緩く、娘が屈みこむと白い胸元が男の眼前に広がるのだ。
 男はますます、不機嫌な顔を作った。
 男の名は黒田官兵衛、娘の名は。共に秀吉に仕える軍師であり、師弟の間柄である。
 その関係に男女の情などはずだが――――今朝のは、その情を試すように扇情的かつ誘惑的だった。
 が、男は依然として不機嫌な顔をして、
「重い」
 と、口を開いた。
「まさか〜、こんな細いのに重いはずがないよう。それよりもさぁ……」
 相手が動けないのをいい事に――――細っこい足だが、全力で男の身体をはさみ力を込めているのだった――――娘がゆっくりと顔を寄せた。
 男がさらに不機嫌に顔をしかめた瞬間――――
 がらり、と襖が開いたかと思うと、羅針盤を手にした小柄な男が姿を現した。
 そして、同じく不機嫌な表情で武器を構えると、
「半兵衛様、御覚悟」
 呟いたかと思うと、ものすごい轟音が屋敷中に響いたのだった。






「本気で叩く事ないのに……」
 しくしくと泣きながら、娘は目の前に置かれた膳を自分の方へと引き寄せた。その隣では、先ほどの小柄な男がやはり不機嫌な顔で黙々と朝餉を口に運んでいる。
 そして、ずずずっと味噌汁を口に含むと、
「半兵衛様が悪いのです」
 と、娘の顔を睨み付けたのだった。
 この男――――顔は竹中半兵衛だが、中身はの心が宿っている。
「だってさぁ」
 と、ぷくりと顔を膨らませた娘の方は、姿形こそはのものだが、半兵衛の魂が入っているのだった。
 つまり、互いに入れ替わった状態で、二人は生活しているのだ。
 先のと宗茂の入れ替わりの一件より数日後。事態は一時解決に向ったのだが、とある誤算により今度はと半兵衛の魂が入れ替わってしまった。
 勿論、すぐに再度入れ替わりを試みたわけだが、の身体が幾たびもの無双奥義に耐え切れなくなり、ひとまずは治療を中断させたのである。
「あれだよ? もし、官兵衛殿が我を忘れて襲い掛かってきたりしたら、つまりに対して良からぬ感情を抱いてるって事でしょ? 俺が本当に信用に足る人間なのか、試してあげたんじゃん」
 俺ってやっさしー、などと宣う半兵衛だが、面白がっている事が顔中から察せられた。
 タチが悪い、とは顔をしかめながら、自分の姿をした半兵衛を見やった。
 そもそもこの手の悪戯はこれが初めてではない。と入れ替わってからこの数日の間に、半兵衛は誰彼構わず誘惑しては、に対して下心があるかないか試しているのである。
 を守るため、などと面白半分冗談半分――――つまり、悪戯と暇つぶし以外の何者でもない――――で言ってはいるが、にしてみれば余計なお世話である。
 むしろ、問題がある度に半兵衛の姿をしたが駆けつけ、事情を知らない相手には説明し、あられもない姿で振舞う半兵衛を叩き伏せているのである。
「とりあえず子飼いの三人は気をつけた方がいいと思うな。あいつら野獣だよ、野獣」
 と、何があったのかはあえて問わないが、半兵衛が箸を振り回しながら言った。
 その姿も普段の半兵衛のだらしなさが目いっぱい出ており、襟元はびろびろと広がり、座るときは足を投げ出しているので、膝小僧が覗いている。髪も寝癖がついているし、食べながら喋るので箸の先からぽろぽろと米粒を取りこぼしているのだ。
 これでも稀代の名軍師――――なんだよね?
 自分がものすごい駄目人間になったような気がして、は深々とため息をついた。



end


一旦完結させた話ですが、タイトルを変えて再開しました。
またアホの子ばかりのアホ話になると思いますが、
よかったらお付き合い下さい!