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 不幸中の幸いと言えば、あの時切りつけられた刀がなまくらで、鈍器の代わりにしかならなかった事だろうか。
「あーあ、最悪。宗茂のために怪我するなんて」
 と頭を包帯でぐるぐるに巻きながら、半兵衛はふてくされた表情で呟いた。
 屋敷に戻ってから、半兵衛は事あるごとにこれである。自分自身、宗茂を助けたという事実に辟易しているらしい。それをどうにか宗茂ではなくを助けるためだと言い聞かせ、何とか気持ちを保っているのだ。
 半兵衛に助けられたのは宗茂にとっても癪だったが、礼節は弁えねばならない。仏頂面のまま礼を言うと、半兵衛はそんな言葉は要らぬとばかりに手を振った。
「それより、わかったらもうの身体で無茶な事しないでよね。はか弱いんだから」
「ああ、約束しよう。こんなに彼女が非力だとは思わなかったからな」
 どこか含みを持たせた言い方に半兵衛は顔をしかめつつ、まあいいやとその場にごろんと横になった。
 と、その時、襖が音もなく開き、官兵衛が姿を現した。
「あー、官兵衛殿。ちょっと聞いてよぅ」
 と半兵衛が顔を上げると、官兵衛の普段から顔色の悪い表情が更に翳って見えた。
 あれ? と訝る暇もなく、官兵衛の背後からねねが顔を覗かせると、
「半兵衛。ちょっとこっちに来なさい」
 と、得もいえぬ威圧感を纏って告げたのだった。





とりかへばや奇憚04





「返してらっしゃい!」
 と、まるで捨て猫か捨て犬を拾った子供に対するように、ねねの第一声は有無を言わさぬ厳しいものだった。
 官兵衛曰く、半兵衛と宗茂が遣いに出た後、ねねが執務室に訪れの様子が最近おかしいと官兵衛に相談したのだった。官兵衛は適当に誤魔化そうとしたが、そういった嘘には慣れていないためか、ねねに怪しいと睨まれて本当の事を吐かされてしまった。
「返してらっしゃいって言っても……あっちのは宗茂ですよ?」
 全然可愛くないですよ? と半兵衛は付け足したが、ねねは言い訳しない! とぴしゃりと言って半兵衛を黙らせた。
「見た目なんか関係ないでしょう! はどんなになってもうちの子なんだから、返してもらって来なさい!」
 ねねの目から見ればどんなになっても可愛い子供であるのだろうが、半兵衛の場合、そう簡単には割り切れない。
 あの外見で愛せるだろうかと、半兵衛は想像を膨らませ懊悩した。
『半兵衛様、こっち、こっちー!』
『ははははは、待てー。捕まえちゃうぞっ』
 花畑で追いかけっこをする宗茂の姿をしたと自分を想像し、うっと吐き気を催す。
「駄目……やっぱ、俺、無理」
 と、顔を蒼白にさせて絶望する半兵衛。
 官兵衛はふうとため息をつくと、宗茂の方を見やった。
「卿はどうなのだ。いつまでも当主が城を空けておくわけにもいくまい」
「まあな。十分、余暇は楽しんだ。帰れと言うなら帰ってやってもいいが……根本的な解決にはならないと思うが?」
 畳に両手をついたままうんうんと懊悩する半兵衛を見やる。
 官兵衛にしてみれば、が戻り決まった執務をこなしてくれるのなら外見は問わないのだが――――半兵衛が役に立たなくなるのも問題である。
 仕方あるまい、と再び嘆息を放ち、官兵衛は立ち上がった。





「官兵衛様ー!」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらすがり付いてきた大男を、官兵衛は軽い身のこなしでひょいと避けた。男はそのまま地面をずざざざざとすべり、
「なんで避けるんですかぁ〜」
 情けない声を上げながら、官兵衛の背中に非難の視線を向けた。
「なに、条件反射だ。気にするな」
 と、涙で顔を崩した男を見ないようにしながら、官兵衛は答える。
 想像していた事ではあるが、こっちはこっちで大変だったらしい。
 日がな一日めそめそと、の姿であれば許されたそれも、宗茂の姿であると妙に鬱陶しい。そのくせの醸し出す儚げな空気が、元々の宗茂の美男ぶりと相まって、女達の心をそぞろにさせる。
「下女達が騒いで騒々しい。さっさと元に戻せ」
 と、勝手にを連れ帰った事などとうに忘れ、ァ千代は不機嫌な顔で答えた。
 とは言え、偶発的に起こった出来事であるのに、戻せと言われて戻せるはずもない。
「どうするの、官兵衛殿?」
 不安げな眼差しで半兵衛が官兵衛を見やると、官兵衛は妖気球に力を込めた。瞬時に、緑の輝きが篭った光の玉が四つ、官兵衛の周囲に浮かび上がる。
「此度の一件、半兵衛の武器が同時に二人を卒倒させた事が原因だな?」
「うん、まあ……」
「であれば、同じ事をもう一度繰り返せば、元に戻る事になる」
 え、と半兵衛は絶句して官兵衛を見やった。
 理論上そうかもしれないが、それで直るという保証などない。冗談を言っているのかと思ったが、官兵衛は妖気球を掲げると、唇に薄い笑みを浮かべ……、
「なに、多少痛い思いをするやもしれぬがな」
 そしてと宗茂の悲鳴が、轟音と共に響き渡ったのだった。





 結論から言うならば、官兵衛の理論は正しかったと言える。
 通算、二十八回目の無双奥義で二人の精神は入れ替わったのだから。
 だが、事が解決すると共に、官兵衛の意図せぬ厄介な問題が一つ起こっていた。
 それは――――
「わあああああ、ひどいです! ひどいです、官兵衛様〜!」
 体力ゲージを真っ赤にしながら、ひっくひっくと泣きじゃくる半兵衛の姿。その傍らには、どくどくと頭部から血を流しながらぴくりとも動かないの姿があった。
「ふむ……失敗か」
 官兵衛は呟くが、その表情に動じた風はない。
 無双奥義に――――それは決して故意ではなく偶然の産物だが――――半兵衛が巻き込まれた瞬間に、こうなるのではと予期していたのだ。
 つまり――――宗茂は宗茂の身体に戻り、今度はと半兵衛が入れ替わったという構図である。
「案ずるな。もう一度、卒倒すれば問題はあるまい」
 と、官兵衛は妖気球を掲げる。
「ひっ! だ、だめです! これ以上やったら私、死んじゃいます!」
 真っ白に燃え尽きた自分の身体を抱きかかえ、半兵衛の身体に宿ったはぶんぶんと首を横に振った。
 だが、官兵衛は表情を変えず、
「泰平の世のため、火種は消さねばならぬ」
 そして再び、轟音と悲鳴が響き渡るのだった。



end


結局、官兵衛殿の無双奥義オチという、いつものパターンで終わります。
これにて「ちぇんじ」完結です!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。