と、放たれた言葉に、座布団の上にちょこんと座った宗茂はふんと鼻を鳴らした。
一体何度目になるのか秀吉の屋敷に連れて来られてからも、半兵衛は宗茂の顔を見やっては可愛くない、可愛くないと悲痛な顔で呟くのだった。
いい加減、鬱陶しく思い始めた頃、今まで無言だった官兵衛が宗茂の眼前にばさりと書の束を置いた。
「なんだ、これは」
と、いつものの声より若干低い声音で、宗茂が問うと、
「卿の分の仕事だ。まさか只働きで居座るつもりではあるまいな」
官兵衛が仏頂面で言う。
普段、感情を露にしない官兵衛だが、これはこれで腹を立てているらしい。がいなくなった事というより、がいなくなった事による損害に対してではあるが。
何で俺がとぶつぶつ呟きながら、宗茂は仕方なしに執務に取り掛かる事にした。
とりかへばや奇憚03
「なぜ俺が遣いなどに行かなければならない」
と、仏頂面で呟いた宗茂に、それこそ仏頂面で半兵衛が返した。
「当たり前じゃん。宗茂に任せられる仕事なんて、お遣い程度しかないんだから」
の分の執務を任せるといっても、他勢力の人間においそれと内情を知らせるわけにも行かない。となると、宗茂に任せられるのは雑用程度という事に自然となるのだ。
「で、どうしてお前が付いて来る?」
と、仏頂面のまま宗茂。
仕方ないでしょ、と半兵衛は頭の後ろで腕を組みながら、宗茂の後ろを歩く。
「俺だって宗茂なんかのために貴重な昼寝時間を費やしたくなんかないよ。でも、の身体である以上、守ってやんないといけないからさ」
「なんだそれは?」
自分の身は自分で守れるとでも言いたげな宗茂だったが、半兵衛は答えず、黙って宗茂の後ろを顎でしゃくって見せた。
振り返ると人相の悪いごろつき風の男がざっと十数人。宗茂と半兵衛の行く手を遮るように立ちふさがっている。
「なんだあれは」
手に匕首から木刀やらを握っているところを見ると、到底友好的な態度とは思えない。
「んー、街のやくざ者ってところ? ちょっと前ににこっ酷くやられてからしつこいんだよね」
半兵衛は呟きながら羅針盤を片手に宗茂の前に立った。
「何のつもりだ」
「だから守ってやるって言ってんじゃん」
「無用だ」
「だからさぁ」
半兵衛は面倒くさそうに頭をがしがしと掻き毟ると、宗茂に向って遣いの品を放った。反射的にそれを受け止めてから、おい! と宗茂は半兵衛の背中に声をかける。
だが、半兵衛は答えずごろつき共に向って乱闘を始めてしまった。
なんだこれは、と一人呆然とする宗茂。仇敵である半兵衛に守られる姿など、とても認められるものではない。
「馬鹿にするな」
宗茂はちっと小さく舌打をすると、懐の短刀を構えて、ごろつきの一人の前に躍り出た。切りつけられた匕首をかわして、鳩尾に蹴りを埋め込む。
「ちょっ、余計なことしないでよ!」
半兵衛が迷惑そうな顔で叫んだが、宗茂は聞かなかった。この程度のごろつきに臆しては剛勇鎮西一の名が泣く。
背後から振り下ろされた刃を、宗茂は咄嗟に短刀で受け止めた。
が、
「なっ……!?」
重い。相手はひょろりとした痩身の男だというのに、その一撃は鉛のように重かった。
衝撃を受け止めきれず、宗茂の身体は壁に向って叩きつけられた。
「ぐ……」
呻き声を上げて顔をあげると、ちょうど男が刀を振りかぶったところだった。
やられる――――
呆然と宗茂はその瞬間を見ていた。ゆっくりと振り下ろされる刀がの柔らかな身体に叩きつけられる様を、呆然と見やり――――だが、覚悟した痛みは襲ってこなかった。
「痛……っ」
半兵衛が覆いかぶさるようにして、身を挺して守ったのだと気付いたのは、その一瞬後の事だった。
「……大丈夫? 怪我、ない……?」
ぽたりと頭から血を垂れ流しながらも、その唇から飛び出したのは女の名で――――宗茂は場違いにも笑ってしまった。
もしここにいるのが、いつもの宗茂だったら半兵衛は決して庇うような真似はしないだろう。だが、今はの姿をしているから――――中身がじゃないと知っていても、条件反射で動いてしまうのだ。
「なに笑ってるんだよ、気持ち悪い」
中身が宗茂である事を思い出したのか、半兵衛は毒づきながら身体を起こした。
そして、自分の頭を殴り飛ばした男を睨み付けると、
「さて。俺のを傷つけようとした罰は、どうやって償ってもらおうかなぁ」
と、黒い笑みを浮かべたのだった。
end
豊臣軍にやってきました。
中身入れ替わってるの忘れててうっかり助けてしまった半兵衛と、
助けられて余計な真似すんなの宗茂。