「いつまで待たせる。退屈したぞ」
と、卒倒した二人を前に心配する素振りさえ見せないのがァ千代らしい。元就はええと……、と言いにくそうに呟くと、ァ千代と官兵衛を交互に見た。
「ちょっと面倒な事になってね……」
と襖を開け、頭部に包帯を巻いた二人を通す。
一人は仏頂面をした、そしてもう一人は――――ひっくひっくと泣きじゃくる宗茂の姿だった。
とりかへばや奇憚02
沈痛な面持ちで事情を説明した元就だったが、ァ千代と官兵衛からは何の反応も得られなかった。否、官兵衛は十分に驚いていたのだが、それが表情に出ないため、まったくの静けさが五人の空間を満たしたのだった。
ァ千代は、と言うと意外な事に無反応で、じっと泣きじゃくる宗茂――――否、を見つめている。
剛勇鎮西一と名高き名将であり、誰もが振り返る美男子が、今は小動物のような顔でめそめそと泣いている。それは何とも奇妙な光景で、
「泣くな。俺の顔が崩れる」
と、宗茂は苛立たしげにを叱った。
「で、でも……」
ぐっと涙を堪えると、瞳に大粒の雫が浮かんだ。これが本来の姿であればそれは大変可愛らしいのだろうが――――
「駄目だ……ぜんっぜん、可愛いと思えない」
半兵衛は蒼白な顔で呟くと、ふるふると首を振った。
そんな半兵衛を笑うように、の姿をした宗茂がふんと鼻を鳴らす。
「それは光栄だ。お前に可愛いなどと思われたら、気色が悪い」
「うるさいよ! この……っ」
悪態を付きかけて、半兵衛は思わず口ごもる。如何に中身が宗茂と言えど、見た目は半兵衛の愛するの姿。とても口汚く罵る事はできない。
「ああ、もうっ! 宗茂と入れ替わるなんて最悪!」
行き場のない怒りをぶつけるように、半兵衛はじたばたと両足を動かした。
そもそも当人たちにとっても大問題だが、今回の事件は半兵衛にとっても大事件である。
可愛いが天敵・宗茂と入れ替わった――――?
の身体が男に乗っ取られたというだけでも腹が立つのに、その相手が宗茂とは、一体何の因果だろうか。怒りをぶつけようにも相手がの姿をしていては、やりにくくて仕方がない。しかも愛しいはにっくき宗茂の姿。
じっとを見つめる半兵衛だったが、駄目だ……と小さく呟き首を振る。
「愛せない……どんな姿でも愛せると信じてたけど、こんなのじゃないよ!」
そして、わあっと官兵衛の肩にしがみ付くと、わんわんと子供のように泣き縋った。
正直、官兵衛もこの変化には言葉もなかった。
の救いを求めるような目がじっと官兵衛を見つめたが――――
「……泰平の世の答えはまだ出ぬか」
剛勇鎮西一の涙顔に、流石の官兵衛も目を反らす。
半兵衛に捨てられ、官兵衛にも見限られ、もはやには絶望しか残っていないのか、という時、ァ千代がぽんとの肩を叩いた。
そして、力強く頷くと――――
「案ずるな。立花が養ってやろう」
この男前な発言には、流石の一同も絶句した。
「ぎ、ァ千代……分かっていると思うけど、中身はだよ?」
と、元就が遠まわしに正気かと尋ねると、ァ千代は当然だとばかりに胸を張って答える。
「外見が同じならば問題はあるまい。この程度の甲斐性、立花なれば当然だ」
「いや、いやいやいや、おかしいから! 君の旦那はあっち!」
「夫は二人もいらぬ。なれば、その宗茂は好きにするがいい。私はこちらの宗茂の方が良い。小動物のようで可愛いからな」
と。
そして、猫を撫でるような手つきで、の頭を撫でる。
そういえばァ千代は猫好きだっけ……、と元就が思い出したように呟いた。
「えっ、ちょっと、そういう問題じゃないでしょ!? ちょっと、宗茂! どうにかしなよ!」
と、半兵衛が噛み付くが、意外にも宗茂は涼しい顔をしていて。
「ァ千代がああ言っているのだから仕方あるまい。俺はしばらく豊臣の家に厄介になることにしよう」
「えっ、ちょっと困ります! 私、九州に行く気なんてないですから」
「案ずるな。行くぞ、宗茂二号!」
まるで犬のような安直な名を叫んで、ァ千代はぐいぐいと――――もとい宗茂二号を引っ張った。
「ちょっ、嫌っ、半兵衛様、官兵衛様、助けて――――っ!」
と悲痛な声が響くが、両兵衛もこれには対処の仕様がなく。
残された憮然とした顔の宗茂――――もとい二号を前に、二人は深々とため息をついたのだった。
end
ヒロイン、九州に連れ去られてしまいました。