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とりかへばや奇憚





 それは不幸な事故だったのだ――――


 頭脳明晰、容姿端麗、おまけに家柄もよく品行方正。唯一の問題と言えば、背が低く、幼く女のような顔つきである事だが、これも見ようによっては彼の魅力の一つと言える。
 とにかく、おおよそ向かう所敵なしの竹中半兵衛にとって、この世に恐れるものなど存在するのかと訝る人もいるだろう。知らぬ顔の半兵衛の通り名に違わぬ知略で、どんな敵もやり込めてしまうはずだ、と。
 だがしかし、ここに例外が一人存在する。
 半兵衛にとって唯一の仇敵――――立花宗茂だ。
 宗茂もまた九州の名家・立花家の当主で、剛勇鎮西一と称される名将である。貴公子然とした整った顔立ちは女性受けもよく、妻帯者であるにも関わらず娘達の視線を釘付けにするほどの美男子ぶりである。
 口調には常に余裕があり、何事に対しても爽やかな風のような優雅さを纏って応じる。
 が、やはり彼にも、唯一優雅ばかりではいられない相手がいた――――半兵衛である。
 互いに性悪と称するほど折り合いが悪く、何かと衝突する事の多い二人。
 何故かいつもは余裕綽々としている半兵衛が、相手が宗茂であると子供のように怒り出し、宗茂もまた半兵衛に対しては若干まとう風に悪い気が混じる。
 そして、その日も元就の隠居部屋で幾度目かの邂逅を果たした二人の間には、剣呑な空気が漂っていた。

「正月早々そろって現れるとは織田の軍師は、ずいぶんと暇なのだな」
 と。
 先制攻撃は宗茂からだった。貴公子然とした顔を反らし、身長差を利用して半兵衛を見下ろす。
「そっちこそ、当主が城を空けるなんて九州は随分と呑気な所なんだね。今頃、島津に城落とされてるんじゃないの?」
 当主が凡庸だと家臣は苦労するね、と半兵衛の反撃。
「あいにく立花は家臣も有能だから、俺が家を空けようと磐石だ。そちらこそ軍師が不在で構わぬとは、とんだ穀潰しを養っているものだな」
 お互い火花をばちばちと散らし今にも噛み付こうという剣幕。
 ァ千代と官兵衛が我関せずという顔をしているので、仕方なくと元就がその間に入る。
「まあまあ、半兵衛」
「宗茂殿も落ち着いてください」
 だが、二人はそれぞれ元就とに詰め寄ると、
「あんな性格悪いの側に置かない方がいいんじゃない?」
「君のような素敵な女性が、何故あんな性悪軍師に仕えるのか理解に苦しむ」
 と、同時に声をかけてはむっと顔をしかめる。
「おい、元就公に変な事を吹き込むな」
「そっちこそに勝手に触んないでよね」
 そして、再び飛び散る火花。だが、その日は少しばかり様子が違っていた。
 もう我慢の限界! と半兵衛が羅針盤を構えると、餓鬼はすぐ暑くなるといいつつ、応戦するように宗茂も剣を抜いた。
 さすがに元就の家で刃傷沙汰はまずい――――
「半兵衛様、いけません……っ!」
 が宗茂を庇う様に半兵衛の眼前に躍り出た。宗茂は驚いて振り上げた剣を止めたが、半兵衛の羅針盤はすでに加速し止らない。
 あっ、と声を上げるよりも早く、と宗茂は二人仲良く羅針盤に吹き飛ばされ昏倒した。





「う……」
 頭がずきずきする――――
 何が起こったのだ……? そうだ、俺はあの餓鬼に吹き飛ばされて……
 ゆっくりと目を開くと、心配そうに自分を見下ろす元就と半兵衛の顔があった。
「大丈夫かい?」
 元就の問いかけに、はい、と答えたつもりだったが、声は出なかった。思いの外、衝撃が大きかったのだろう。忌々しげに半兵衛を睨み付けると、いつもの生意気な態度はどうしたのか、心配げな顔を見せる。
「大丈夫? どっか痛い所ない?」
 と、妙に甲斐甲斐しい。
 体中打ち身だらけだ、と毒づこうとしたが、やはり掠れた声しか出なかった。どうも頭の外にも数箇所打ったらしい。
 ふらつく身体をゆっくりと起こすと、元就の手が背に添えられた。大丈夫です、と遠慮しようとしたが、元就の腕は妙にがっしりとしており、易々と自分の身体を包み込んだ。そんな巨躯の持ち主だっただろうか、と訝りながら布団の上に身体を起こす。
「っ……」
 ぐらりと眩暈が襲う。頭部を強打したせいか、吐き気がした。
「ねえ、やっぱり打ち所が悪かったんじゃない? 医者呼んで来ようか?」
 生意気な半兵衛が、オロオロと不安げな表情で言うのが気持ち悪かった。不要だ、という意味を込めて手を振り、半兵衛を睨み付ける。
「……そもそも、お前が餓鬼みたいに暴れるからだ」
 悪態を付くと、さすがに怪我を負わせた負い目があるのか、半兵衛はしゅんと叱られた子犬のようにうな垂れた。ごめんね、と小さく呟く。
 なんだ、こいつ。気持ちが悪い。
「ああ……それにしても気分が最悪だ。半兵衛如きの攻撃で、この俺が……」
 痛む頭をさすりながらふと顔を上げると、元就と目が合った。謀神と呼ばれる元就には珍しい、驚愕の眼差しだ。
「どうしたのです、元就公?」
「あ、いや……いつもと雰囲気が違うから、ちょっとね」
「? 俺はいつも通りですが?」
 答えると、益々元就は複雑な表情を浮かべた。腕を組んで、ううん、と悩むように唸り声を上げる。対する半兵衛は、相変わらずオロオロとらしくない表情だ。
 一体、なんなのだ。俺が寝ている間に二人に何かあったのか?
 そう宗茂が訝っていると、途端に隣で人の唸るような声が響いた。
「うう……」
 どこかで聞いた男の声。
「痛ったぁ……あれ、ここ……?」
 訝る声に振り返る。
 そこには――――
「え……、私?」
「……俺、か……?」
 宗茂の眼前には剛勇鎮西一の姿が、の前には常世姫が、驚いた表情で居たのだった。
 そしてようやく、事態を把握する――――お互いの精神が、入れ替わってしまった、という事実に。



end


ありがち入れ替わりネタ。
あえて宗茂とを入れ替える事で、どたばたギャグを狙っていきます。
さあ仇敵・宗茂の中に入ってしまったに、半兵衛はどうするのか……!?
そして、官兵衛とァ千代はどこへ消えたのか……!!
次回へ続きます。