この記憶はいつまであなたを覚えることができるのだろう。
この時はいつまであなたと、刻めるのだろう。
この恋は、この想いは、この涙は……いつまであなたを。
想う事が、できますか――――?
祈り B面・後編
この想いに気付いたのは、あなたが先だったのか、私が先だったのか――――
それが恋だと知った時、の心の中は歓喜と恐怖で満たされた。
愛する人が同じ想いでいてくれた嬉しさと、その想いを遂げる前に終焉を知ってしまった絶望感。
出会うのが遅すぎた。この恋に気付くのが遅かった。いっそ何も知らない方が、楽に逝く事ができたのではないか。
次第に景色が色あせて、眩んでいく世界。瞳の色素が褪せると共に、失われていく光景。
大切な人の微笑みも、面影も、形も、見えなくなって、いつかこの目が視力を失うのと共に、私は死ぬのだと知ってしまった。
だから目を閉じ、耳を塞いで、心に蓋をした。
彼の人が苦しんでいるのは知っていた。もまた同じように生地獄のような苦しみの中にいたからだ。
互いに手を伸ばしかけ、届かないと諦めて、触れ合うのを恐れた。
触れ合えば、自分の覚悟だけでなく、相手の覚悟さえも打ち砕いてしまう。薄氷の上に立たされたような二人は、溺れることを恐れて背を向けた。
それを――――
「お願い。私を見ないで」
は半兵衛の視線から逃れるように、手の平で遮るように顔を隠した。
半兵衛の感情の吐露に感化されて、もまた押さえが利かなくなっていた。
身体の中に渦巻く狂おしいほどの嫉妬と欲望。黒い感情が目と耳と心の閉じ込めた檻を破って溢れ出てしまう。
さっき、半兵衛に求められて、恐怖と共に確かにこの身体は歓喜した。
遊びでもいい、戯れでもいい、一瞬でも一つになれるなら果ててもいいと願ってしまった。
だが、抱きしめられた時に感じた微かに香る白粉の匂いに、は我に返った。
その腕で、一体どれだけの人を抱いてきたの――――?
黒い業火が轟々と燃え盛り、この身を焼き付くすほどの嫉妬の炎となる。
浅ましい。汚らわしい。
醜い感情に歪んだ顔はきっと鬼のような形相をしている。
「見ないで。お願い、私を見ないで……!」
は両手で顔を覆い、泣き叫んだ。
こんな感情、気付きたくなかった。半兵衛に抱かれた顔も知らない女達を、恨み、妬んでいる自分を知られたくなかった。
「私、卑怯なの。あなたの気持ちを知っているのに、気付かない振りをした。でも、あなたの心を誰かに奪われるのは嫌……いやぁ……」
誰の物にもならないで――――
悲痛な叫びのように響いた願いに、半兵衛は言葉を失った。
この感情は何だろう。
戸惑い、喜び、驚き、混乱。
いくつもの感情が混ざり合って正しく認識する事が出来ない。
だが、あふれ出す想いは決して気分の悪いものではなかった。
半兵衛の抱えた暗い欲望も、の宿した黒い業火も共に涙に溶けていくように――――
半兵衛はの肩を抱くと、包み込むように優しく抱きしめた。
それに応える様にがその腕を半兵衛の背に回す。
「あなたが好き。あなたが好きです……」
祈りのように告げられた告白に、半兵衛はただ静かに抱きしめる腕に力を込めた。
end
短いですがヒロインサイド後編です。
次回、たぶん終話。