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!CAUTION!
一応、百物語をモチーフにしているので、怪談話です。
大した事はありませんが、苦手な方はお戻りください。
なお、怪談話ではヒロインと語り部の名前を使っています。




















百物語・夜祭





 ゆるく勾配のある坂道の上から、点々と続く提灯の明かりを見渡すことが出来た。明かりの下には様々な屋台が開き、浴衣姿の見物客がひっきりなしに行き来している。
「官兵衛様!」
 は目をきらきらと輝かせ、官兵衛の手を引っ張った。
 官兵衛は人ごみに足を取られながらも、嬉しそうに早足に歩くの後ろを付いて行く。
 官兵衛がを祭りに連れて来たのは初めてだった。山のような仕事に忙殺され、いつ見ても官兵衛は忙しそうにしている。それを寂しく感じていたが、育ててもらっている手前そんな事を口にする事は出来なかった。
 だから、官兵衛が祭りに行こうと誘ってくれた時は嬉しくて仕方がなかった。
 大切な浴衣に袖を通し、少し大人っぽいかんざしを付けた。
「見てください、官兵衛様!」
 屋台先に並べられた色とりどりの飴細工に、は目を輝かせる。
 りんごを包んだ飴や、いちじくを包んだ飴。べっこう飴に色をつけているのか、食欲をそそる真っ赤な赤や、不思議な青をしている。
「欲しいのか?」
 尋ねられて、は恥ずかしそうにはにかんだ。
 官兵衛はその反応で了解し、店主に金を渡してに好きな物を選ぶように言う。は十分に迷ってから、子供の拳大の赤いりんご飴を手に取った。
 それをちろちろと舌先で舐めながら、は嬉しそうに笑った。
 片手に甘いりんご飴、もう一方の手は大好きな官兵衛と繋いでいる。官兵衛の暖かい温もりにの顔は自然と綻ぶ。いつも不機嫌そうな顔をしているが、人よりも高めの優しい体温がは大好きだった。
「お前は今年でいくつになる?」
 ふいに隣の官兵衛が尋ねた。
「七つになります」
「……そうか」
 は官兵衛の古い友人の娘だった。彼の家に災禍が訪れ、親を失ったを官兵衛が引き取ったのである。
 官兵衛の家とて決して裕福ではなかったが、官兵衛はを実の娘のように育てた。引き取ったのがが五歳の事であるから、それからすでに二年の年月が経つ。
「官兵衛様には……感謝してもしたりません」
 は官兵衛の感情の薄い顔を見上げ、にっこりと笑った。
 無愛想が服を着たような男だが、官兵衛の優しさはがよく知っている。官兵衛は動かない表情のまま、そうか、と呟いただけだったが、はそれで満足だった。
 まだ自分は官兵衛にとって子供かもしれない。
 だが、すでに赤子ではない。簡単な仕事なら、にもきっとこなせるだろうと信じ、は密かに働き口を探していた。
 少しでも官兵衛のためになりたい。少しでも家計の足しにして欲しい。
 官兵衛も、彼の妻のお光も、息子の松寿丸も大好きだ。
 この人たちのために頑張りたい――――
 その想いがあれば、何でも出来るような気がした。
「あ、お社」
 提灯の続く階段の上を見上げて、が声を上げた。どういう主旨の祭りなのか知らないが、神社を中心に提灯の列が伸びているのだから、ここで何か祭祀が行われているのだろう。
 この時期なら収穫祭なのかもしれない。
 神社の赤い光に誘われるように、は階段の下に向かった。社の両脇に立てられた赤いかがり火から、火の粉が舞っているのが下からでも分かる。
 浮ついた屋台通りとは違う、厳かな雰囲気のそれにはわずかに緊張した。
「行くぞ」
 官兵衛はの手を引いて、ゆっくりと階段を上った。
 石で作られた不揃いの段は、子供の足にはいささか高い。一歩、一歩、片足ずつ上るが足を滑らさぬよう、官兵衛はの手をしっかりと握っていた。
 階段の中央あたりまで来て、がくるりと振り返ると、眼下に提灯の光が列を成して遠くまで続いていた。屋台の光や、そこに集う人々の笑い声に、まるで夢を見ているような心地になる。
 明日になり日が昇れば、ここはただの畦道になってしまうだろうに、今はまるで別世界のようだ。
「官兵衛様……来年も一緒に来れますか?」
 は期待と不安を混ぜた瞳で、官兵衛の顔を見上げた。
 官兵衛はいつも通り、感情のうかがえない顔をしていたが――――
「……すまない」
――――え?」
 なぜ官兵衛が謝ったのか分からず、はぱちりと目を瞬かせた。
 その一瞬のうちに官兵衛の手が、まるで結んだ紐を解くように、するりとの指先から解けた。
 は目を見張る。
 その視界の中で、官兵衛はもう一方の手に持っていた面を顔につけた。
 輪郭のないただ白い紙を貼り付けたような面には、ただ一文字『人』という字が書かれている。だが字の読めないにはそれが分からない。何か模様のようなそれが、官兵衛の顔を覆っている。
「官兵衛、さ、」
 不安に狩られ、が官兵衛の手に縋り付こうとすると、の手はするりと官兵衛の身体を抜けた。
「!?」
 驚いて手を引く。
 その内にも、官兵衛は踵を返し、行ってしまう。
「待って! 官兵衛様!」
 は慌てて官兵衛を追いかけたが、その差は縮まるどころか広がる一方だった。階段を降りても降りても、地面にたどり着かない。
「やだ……いや、置いて行かないで!」
 は悲鳴のように叫んだが、官兵衛が振り返る事はなかった。
 の指先から零れた赤いりんご飴が、石畳の上をとんとんと跳ねるように転がって――――
「官兵衛様ー!!」
 は冷たい石畳の上に崩れ落ちた。





 想像以上に寝覚めの悪い朝に、官兵衛はため息を付きたくなった。
 布団を押しのけるように身体を起こすと、障子の隙間から朝日が漏れている。
 嫌な夢を見た――――
 もう何年も前の事なのに、今もの手の温もりを覚えている。自分の名を呼ぶ、悲しげな悲鳴を覚えている。
 両手で顔を覆って深いため息を付いた。
 幾度も妻と話し合い決めた事だった。
 幾年かに一度、この村は豊作祈願に子供を山の神に差し出す。あの年、白羽の矢が立ったのは官兵衛の家で、か松寿丸のどちらかを差し出さなければならなかった。
 幾晩も夫婦で悩み、考え抜き――――官兵衛はを連れて行った。
 祭りだとはしゃぐ娘を、官兵衛は騙し、置き去りにしたのだ。がどれだけ自分たちを慕ってくれているか、知っていながら――――
 だから……、これはきっと罰に違いない。
「かんべ……ぇ、さま……」
 背後から微かに響く子供の声。
 振り返っても何もない。だが、それはいつでもそこにいる。
 『人』ではない何か。それが官兵衛を呼ぶのである。
 ずっと――――彼が死ぬまで、それはそこにあり続けるのだろう。もはや慣れきってしまったそれを厭う事はない。ただ懐かしく、そして申し訳なく思うのみだ。
 官兵衛は枕元に置いた紙の面を取ると、輪状になった紐を耳の上に通した。
 『人』と書かれたそれは、彼との世界を分かつ面。
 面をつけると、呼ぶ声は嗚咽のようになり、やがて静かに消えていった。




end


七つ前は神のうち。
七というのは年齢的にも境界ですね。