百物語・閑話
「これで俺の話はおしまいっと」
半兵衛の唇から吹く吐息が、蝋燭の炎をかき消した。
他の炎が一緒に揺れて、一際暗くなった部屋の中ゆらりと障子紙に落ちた人影が揺れる。
誰も言葉を発しない――――
半兵衛の怪談話の余韻が沈黙となって場を支配する。皆一様に青い顔をしているが、ただ独り話し手である半兵衛のみがけろりとした顔をしていた。
と――――
羽織をぎゅっと掴まれる感触に半兵衛は息を飲み込んだ。
これは――――間違いない。だ。
かたかたと震える振動が握り締めた手から微かに伝わってくる。
戦場でさえ男顔負けの雄姿を見せる彼女が、自分の語った怪談話に肩を震わせているのだ。普段見せないような女の子らしさに、ちょっとした優越感と愛おしさを覚えて、半兵衛は振り返らぬままの肩を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。俺が付いてるから――――って」
妙にいかつい肩に怪訝に思って振り返ると、そこには奇妙に出っ張った頭部。
「お前かよ!」
ぎゅっと両手でしがみついて来たのは、なんとではなく正則だったのだ。
お呼びじゃないんだよ! と妙な期待感を持たせられた分だけ、乱暴に正則を振りほどき、当のはどこにいるのかと思えば心配そうな顔で官兵衛に寄り添っている。
「官兵衛様、大丈夫ですか? お水でも持って来ましょうか?」
「……いや、いい」
かたかたと震える官兵衛の肩を眺めながら、半兵衛は盛大なため息をついた。
冷徹軍師の意外な一面に驚きつつ。
っていうか、官兵衛殿。怪談怖いなら参加しなきゃいいのに――――
「さて、次は私の番ですね」
しばしの休憩を挟んでから、一同が姿勢を正したのを見計らいが名乗りを上げた。
未だ青い顔をしている正則や官兵衛に対し、の表情はどんな風に怖がらせてやろうかとやる気に満ちている。
やはり怪談話は自分が語るに限る。
今まで散々怖がらせられた分そのお返しをしてやろう、とは挑戦的な表情で一同を順々に見やった。
神妙な面持ちの清正に、仏頂面の三成。話す前から耳をふさいで肩を震わせている正則、それを呆れた顔で見つめる半兵衛、そして無表情ながらも心なしか顔色の悪い官兵衛。
そして、が不敵な笑みを浮かべて口を開こうとした瞬間――――
「あー、もう! こんな所にいた!」
突如、がらりと背後の障子が開いた。
驚いた六人が一斉に視線を向けると、そこには秀吉の妻、ねねの姿がある。
「みんなしてどうしたの、こんな狭い所で一緒になって。こんなに暗いと目が悪くなっちゃうよ」
一同が集まった目的を知らないねねは、ずかずかと座敷に入り込むと挨拶代わりの小言を呟き、の隣に立った。
「え?」
ぐいと腕を引っ張られ、が驚いた表情を返す。
「あの……おねね様?」
「もう! 頼んでた用事があったでしょ? 行くよ」
そして、引きずるように強引にの腕を引く。
そういえば昼間、そんな話をしただろうか――――
は未だ怪訝そうな顔をしていたが、ねねにぐいぐいと腕を引かれ立ち上がった。事情を話しても、開放してくれる可能性は低そうだ。
百物語はどうするのだ、と言いたげな幾つもの視線がを追いかけて来て、
「ごめん、ちょっと行って来るから! 先に進めてて!」
それだけを言い残し、はねねに腕を引かれ暗い廊下の向こうへ消えた。
残された面々は呆然とその先を眺めていたが――――やがて仕切り直すように正則が障子戸を閉じた。
「あー、じゃあ……は飛ばしてっと」
一同の視線がの隣に座る官兵衛へと集中する。
官兵衛は未だ青白い顔――――と言っても、彼の場合、常にこの色なのだが――――をしていたが、ゆっくりと口を開き静かな声音で語りだした。
「……これはとある山村で起こった出来事だ」
end
怪談話が続いたのでちょっとひと休憩。
ヒロイン、連れ去られちゃいました。
次は官兵衛殿のターンです。