一応、百物語をモチーフにしているので、怪談話です。
大した事はありませんが、残虐表現などがありますので、苦手な方はお戻りください。
なお、怪談話ではヒロインと語り部の名前を使っています。
百物語・朔夜
「うぅっ、寒ぃ、寒ぃ」
月明かりも無い夜は殊更、師走の寒さが堪える。正則は羽織った半纏の前を重ね合わせながら、小走りで帰路を急いだ。
隣町の小さな料亭が、正則が通う奉公先である。酒も出す店なので夜は遅く、隣町に住まう正則にはいささか不便だった。
とは言え、そこさえ目を瞑れば後は好条件。芸妓を呼ぶ客も多いことから、仕事の合間に目の保養を出来るのも正則にとって嬉しい点の一つである。
そしてもう一つ。毎月一日、必ず早引けの日がある。店主の事情か知らないが、何故か朔の日だけは早く帰される。理由を聞いた事はないが、何にしろ仕事が早く終わるのはありがたい。
そんな日は早く家に帰って、燗をつけて一本やるのが正則の毎月の楽しみだった。
そのためその日も、寒さに身を縮みこませながら、正則は足早に家を目指したのだった。
――――と。
「あん?」
正則はとある小路の前で足を止めた。
大通りに面して伸びた細い小路。店の明かりさえない引き込まれるような漆黒が小路の奥へと続いている。
こんな所に路などあっただろうか。
普段は気にせず駆け抜けてしまっていたが、何故かその日の正則は違和感を覚え足を止めた。今の奉公先に勤めてから長いと言うのに、一度としてこの路の存在に気付いた事などなかった。
どこに通じるのだろうと首を捻っていると、路の向こに小さな光が灯った。
それはゆっくりと、ゆらゆら揺れながら、近づいてくる。
じっと見入っていると、それは女の手にした灯篭の光だった。黒い着物を着ていたせいで、女の姿が遠目に見えなかったのだ。
「こんばんは、今日はもう上がりですか?」
女は正則の前に立つと、軽く会釈をした。
女の顔に見覚えは無い。正則の事を知っているような口振りに、正則は小首を傾げる。その動作に気付いたのか女はぺこりと頭を下げ、
「私はと申します。月之屋さんでお世話になっている芸妓です」
ああ、なるほどと正則は手を打ち合わせた。座敷に料理を運んだ際に、正則の顔を覚えていたのかもしれない。
「悪ぃな。あんたみたいな上玉なら、フツーいっぺん見たら忘れないんだけどよう」
そんな世辞を口走ると、は口元を袖で隠してころころと笑った。
「今日はお勤めかい?」
「ええ、これからちょっと月之屋さんへ」
「うちに?」
はて、今日は朔の日。店はとうに閉まっているのではないか。
正則は訝ったが、それに答える様にが口を開く。
「なんでも特別なお座敷なんだとか。店ごと丸々貸し切りだそうですよ」
店ごと貸切とは豪勢な事である。小さい料亭とは言え、座敷を全部仕切るにはそれなりの金子がいる。となると、店主の個人的な客や身内かもしれない。
が先を急ぎますのでと別れの挨拶をしたので、特に深く考えず正則も帰路を急いだ。
そして家に帰り、熱燗で喉を暖める頃には、すっかりの事も忘れてしまっていた。
明くる月――――
正月を跨いだ睦月。同じく朔の日に早く返され、正則は帰路を急いでいた。
今日は店からもらった鯛の頭もある。これを炙って一杯やれば、少しばかり贅沢な晩酌となるだろう。
正則は頭の入った包みを抱えて、夜道を小走りで走った。
――――と。
何故か正則の足は先日の小路の前で止まっていた。
相変わらず暗い。底の深い井戸のように、ただ暗闇がそこに広がっている。
だが、見つめているうちに遠くに小さな火が灯り――――それがゆらゆら、ゆらゆらと、こちらへ近づいてくるのだ。
「こんばんは、正則さん」
提灯を手にした黒衣の女が、正則の前で会釈した。
「おお。今日もお勤めかい?」
「ええ、ちょっと月之屋さんへ」
今日も――――?
訝る正則に応じるように、特別なお座敷なんだとか、とが答える。
師走の時と同じ答えだ。という事は、毎月朔の日に身内でどんちゃん騒ぎをしているという事だろうか。
に尋ねてみたが、お客さんの事は……と知っているんだか知らないんだか分からない曖昧な答えが返ってくる。そうこうする内に、は先を急ぐからと行ってしまった。
正則は片手に抱えた風呂敷との背中をしばらく見比べて――――やがて、その背を追いかけた。
熱燗と御頭よりも好奇心が勝ったのである。もしかしたら、身内の座敷ならご馳走にありつけるかも知れないとそんな甘い考えすらあった。
正面から入ると見咎められかねないので、こっそりと忍び込むように裏から入った。
特別な座敷と言うわりには、厨房の火は落ちている。店の中も静かだ。
もしや同じ名の料亭がこの区画にもう一つあるのでは――――と、自分の早合点を危ぶんでいると奥の座敷から人の笑い声が聞こえた。
笑い声に三味線の音――――ああ、確かにこいつはどんちゃん騒ぎだ。三十人は入れる松の間から、華やかな明かりが漏れている。
正則は金箔を貼った襖の前に膝を付くと、そっと中を覗き見た。
羽振りのいいお大尽に、店の店主や女将など、見知った顔もちらほら見える。
色鮮やかな着物の芸妓の中に、正則はの姿を見つけた。は徳利を手に隣の客に酌をしているようだった。
愛らしい笑みを浮かべながら、そっと徳利の口を傾け――――
とくとくとく、と。
真っ赤な液体がその口から零れ出した。
「んなっ!」
正則は驚いて尻餅をついた。
途端に徳利を傾けていたが立ち上がり、勢い良く襖を開いた。
「あら、これは正則さん」
まるで偶然を驚くような言葉を呟くが、その顔には先ほどまでの愛嬌のある笑みは一切ない。冷たい氷のような視線が正則の顔面に注がれる。
「な、なんだ、こりゃぁ……」
正則は尻餅を付いた体勢のまま、そっと座敷の方を見やった。
先ほどまで楽しそうにしていた客達は、皆一様に冷たい視線で正則を見ている。
なんだ、なんでそんな目で俺を見てんだよ――――!
正則は混乱したまま視線を座敷の中に泳がせ、漆塗りの重箱の中に焦点を落とした。
「あ――――」
豚足や牛の舌とか、珍妙な食材が一部では美味と言われている事は知っている。だが、縁起物を掘り込んだ黒光りのする重箱の中には、真っ白な爪がついたままの指が綺麗に揃えられて詰まっていたのだ。
見間違えるはずがない――――
どう見てもあれは……人間の指だ。
ぐ、と胃の中からこみ上げるものを押し留めて、正則は視線を移す。
一の重には指の揚げ物。二の重には腸の生け作り。三の重には目玉の甘辛煮に、三つ編みにした髪に水引の飾りが付いている。
「あ、ああぁ……」
落胆にも似た声しか出なかった。
朔の日に何故、自分だけが早く帰されていたのか――――ようやく理解する。
「女将さん、活きのいい御頭だよ」
が場違いなほど明るい声を上げて、くるりと振り返った。
座敷の中で顔見知りの女将は深く溜息を付くと、
「あぁ、残念だねぇ。せっかくいい腕の板前だったのに」
呟くと共に、正則は地べたを這い付くばる様にして一目散に逃げた。
だが、の裸足の足が正則の半纏の裾を踏みつけ――――
「今日は冷えるな」
月明かりも無い夜は殊更、如月の寒さが堪える。清正は羽織った半纏の前を重ね合わせながら、小走りで帰路を急いだ。
隣町の小さな料亭が、清正が通う奉公先である。小さいながらも評判も良く、待遇にも文句は無い。
しかも不思議な事に、月に一日、朔の日には必ず早めに上がれるのだ。
そんな日は早く家に帰って、燗をつけて一本やるのが清正の毎月の楽しみだった。
そのためその日も、寒さに身を縮みこませながら、清正は足早に家を目指したのだった。
――――と。
「ん?」
清正はとある小路の前で足を止めた。
大通りに面して伸びた細い小路。店の明かりさえない引き込まれるような漆黒が小路の奥へと続いている。
こんな所に路などあっただろうか。
普段は気にせず駆け抜けてしまっていたが、何故かその日の清正は違和感を覚え足を止めた。今の奉公先に勤めてから一月ほどだが、一度としてこの路の存在に気付いた事などなかった。
どこに通じるのだろうと首を捻っていると、路の向こうに小さな光が灯った。
それはゆっくりと、ゆらゆら揺れながら、近づいてくる。
じっとそれを見入っていると、それは女の手にした灯篭の光だった。黒い着物を着ていたせいで、女の姿が遠目に見えなかったのだ。
「こんばんは、今日はもう上がりですか?」
女は清正の前に立つと、軽く会釈をした。
end
友情出演・清正。
小路の先は、きっと行ってはいけない場所です。
清正は何を持たせられるんだろうなぁ……