Text

!CAUTION!
一応、百物語をモチーフにしているので、怪談話です。
大した事はありませんが、苦手な方はお戻りください。




















 これは怪談と言うより、俺が体験した怪奇談だ。
 俺は霊魂など信じていないし、あやかしの存在にも否定的だ。
 だが、あれを単なる偶然で済ませられるほど、俺は素直な性格じゃない。
 ――――正則、何を笑っている。ここは笑う所じゃない。
 とにかく、不可解でよく分からない話として、この話をする。
 子供の頃――――あれは、初夏の始まる水無月の頃だった。




百物語・睡蓮





 夏の暑さにやられたのかもしれない――――
 一瞬、くらりと眩暈に襲われた。
 殺人的とも言える陽光を受けて、頬を伝った汗が顎先から滴り落ちる。汗だくの顔を着物の裾で大雑把にぬぐって、三成は深くため息をついた。
 見つかるはずがない――――
 失せ物は手の平程度のかんざしなのだ。
 ぼうぼうと茂る雑草を押しのけて探す振りはしているものの、三成はもはやあれは二度と戻るまいと思っている。には悪いがこの広大な山の中で、物を探すということ自体無理なのだ。
 だが、はないない、と必死になって山中を走り回った。どうやら四人で遊んでいる間に、失くしたらしい。
 正則などは薄情にも諦めろよ、などと言ったが、は頑として聞かなかった。
 なんでも、とても大切なかんざしなのだと言う。
 半泣きになっているが居た堪れなくて、渋々三成は協力したが、それも数時間経つと流石に無理なのではと思えてきたのだ。
 願わくは早々にが諦めてこの陽光から逃れたいと、三成はそればかりを思っていた。
。そっちはどう――――
 振り返ると、背後を探していたはずのの姿が忽然と消えていた。
 別の場所を探しに行ったのか。
 声もかけずに居なくなった事を怪訝に思いながら、三成はを探した。自分たちが遊んでいた範囲を探していたのだから、それほど遠くへは行ってはいまい。
 だが、は見つからなかった。
 草むらを押しのけて林の中へ潜り込み、地を張る根を飛び越えて探し回ったが、の姿は一向に見つからない。
 まさか神隠しにあったのではないか、と馬鹿な想像を自分自身で一蹴し、三成は懸命に山中を駆けた。
 そして、林を抜けると一気に視界が晴れ――――水草の浮いた池が眼前に広がっていた。
 水面を覆うほどに開かれた白い睡蓮の花と、その大きな葉――――あまりに壮大な光景に一瞬、圧倒された。
 こんな大きな池が、この山にはあっただろうか。毎日この山で遊び、山中はほぼ把握しているといっていいのに、こんな睡蓮の群生地を自分は初めて目にした。
 怪訝に思いながら池の淵を歩いていると、池の中央に赤い布切れが浮かんでいるのが見えた。なんだろうと、眼の上に手でひさしを作り眺める。
 そして、その赤い布切れの正体を知り、三成はハッと息を飲んだ。
!」
 考えるよりも身体が先に動いていた。ざぶざぶと水草を掻き分けて、池の中を渡った。
 の白く小さい身体が、池の中央に浮いていた。着ていた赤い着物も、長い髪もすべて水に浸って揺れている。
 睡蓮の花に囲まれて浮かぶ姿が、まるで――――水葬される死体のように見えた。
! おい、!」
 身体を揺さぶり、頬を叩くとがゆっくりと眼を開いた。
 生きている――――
 溺れたのだと思い込んでいた三成は、安堵の吐息を漏らした。そもそも、池の水位は子供の背丈でも腰くらいまでしかない。冷静になればどんな金槌だろうと、こんな所で溺れるはずがないのだと分かり、三成は急に取り乱した事が恥ずかしくなった。
「何をしている、この馬鹿が!」
 大方、暑さに嫌気が差して水辺で遊んでいたのだろう。それで池にでも落ちて、どうせ濡れたのならと、ついでに池の中に浸って涼んでいたのだ。
 そう思うと苛立ちが止まらなかった。
「帰るぞ!」
 三成は大声を上げると、の手を乱暴に引いた。
 もうかんざしなど知るものか。こんな所で遊んでいるのだから、これ以上付き合っていられない。
 そう思って、の手を引いた――――だが。
 の身体は動かなかった。まるで水面に固定されたように、びくともしない。
 なぜだ。なぜ、動かない。
 三成は困惑しながら、の背に手を回した。
 軽い――――
 まるで現実味のないその軽さに驚愕しながら上半身を持ち上げると、その背を覗き込んだ。
 そこには――――まるでそれが身体の一部であるかのように、細くしなやかな緑の茎がまっすぐに水中から伸び、の背に繋がっていたのだった。
……お前……」
 三成は驚いての身体を取り落とした。だが、の身体は水面に落ちると、まるで水上に浮かぶようにわずかな細波を起こしただけだった。
 重さがまるでない。
 まるで、これは――――睡蓮の花のようだ。
 三成が顔を蒼白にしじっと見つめていると、はその手をゆっくりと伸ばした。その手には、なくしたと言っていたかんざしが握られている。
 三成はおずおずとそのかんざしに向って、手を伸ばし――――


「三成!」
 肩を強く揺さぶられてハッとした。
 顔を上げると、の怪訝そうな表情。
「どうしたの? ボーっとしちゃって。熱中症?」
 動いている――――喋っている。
 辺りを見渡すと三成は元居た草むらの中で、尻餅を付いていた。池も睡蓮も見当たらない。
 白昼夢を――――見ていたのだろうか。
 だが、池に浸かった時に感じた水の生ぬるさや、の身体を抱き上げた感触が、あまりにも現実感を帯びていて。
 三成は立ち上がると、一目散に走った。の呼ぶ声が三成の背を追いかけたが、それを無視して山中をひた走った。
 白昼夢で走った道順を辿り、林を越えると――――
 そこには、池も一面の睡蓮の花も、一切なかった。
 最近の日照りでひび割れた地表が、だだっ広く広がっているだけだ。
 やはり、夢なのか。
 三成はふらふらと吸い寄せられるように、荒れた地面の上に立った。ひび割れをなぞる様に指先で触れると、渇いた土の感触がするだけだった。
 花など一輪も咲いていない。
 やはりあれは夢だったのだと三成が諦めて立ち上がりかけたその時、割れた土の中に何かがきらりと光った。
 怪訝に思い、指先で掘り起こすと、そこには土で汚れた銀の簪が埋まっていたのだった。
 夢の中で見た、銀のかんざし。
 偶然――――? いや、こんな偶然があるはずがない。
 ならば、何者かが三成を呼んだのか。
 例えばそう、睡蓮の精が白昼夢を見せて――――
 そこまで脳裏に思考を広げ、三成は何を馬鹿な事をと、思いを振り切るようにかぶりを振ったのだった。





「不思議だね」
 静かに蝋燭を吹き消す三成に向って、が小首を傾げて見せた。
「かんざしの妖精だったりして」
 と、笑いながら冗談めかして言うが、三成は下らんとそれを一蹴する。
「最初に言ったように、俺はあやかしも妖怪も信じていない。だからこれは、ただの奇妙な話だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それはそれで詰まらない気もするけど……」
「ならば、次の奴の怪談に期待しろ」
 そう告げて、三成は視線を隣の正則へと向けた。
 正則は待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑うと、おもむろに口を開く。
「次は俺の番だ」




end


怪談というより不思議な話、くらいで。
幼少期なら三成ではなく佐吉と書くべきか迷いましたが、
混同するので統一しました。