一応、百物語をモチーフにしているので、怪談話です。
大した事はありませんが、残虐表現などがありますので、苦手な方はお戻りください。
なお、怪談話ではヒロインと語り部の名前を使っています。
桜の樹の下には屍体が埋まっている――――
そんな話を聞いた事があるだろう?
死んだ人間の血を多く吸った桜ほど、鮮やかな薄紅色の花を咲かせるっていうあれだ。
今でこそ怪談話の定番みたいに言われているが、昔は樹の下に死体を埋めるのは普通の事だったらしい。特に墓を立てる余裕のない庶民なんかは、大木を探して埋めたんだそうだ。
墓標代わりにしていたというのもあるが、どちらかと言うと魔除けという意味合いの方が強い。
今でも葬儀では魔除けに守り刀を持たせるだろう。あれは空になった身体に、悪いものが入り込まないようにするんだってな。
あれと同じように、樹が故人を悪霊から守ってくれると信じられていたんだ。
それがいつから怪談話に転じたのか――――その由縁と言われている話をしよう。
俺がこれから話すのは、桜の樹の下に埋められた女と、それを埋めた男の話だ――――
百物語・薄紅
深く、深く、奈落の底まで続いているかと思えるような暗い穴――――
その大きく穿たれた穴の底を、清正は憔悴しきった顔で見つめていた。
大きな隈を作った両眼に生気はなく、夢中で穴を掘ったため身体中が土で汚れている。
大粒の汗が米神を伝って顎先まで流れ落ちる。
普段、野良仕事で慣れているとは言え、人が一人埋まるくらいの穴を掘るのは骨がいった。だが、村の者に手を借りようとは思わなかった。
自分独りですべきだと思った。他の誰の手も借りてはならない。
の事を大切だと思うからこそ――――この儀式めいた埋葬は自分独りの手で行うべきだと思ったのだ。
清正は顔の汗を手の甲で雑に拭うと、背後に横たえたそれの前に両膝を付いた。
覆い被せていた白い布をゆっくりとめくると――――物になってしまった愛妻の顔が覗く。
「……」
清正は深い絶望と共に妻の名を呼ぶ。
何もしてやれなかった。清正に嫁いでたった三年――――貧しいばかりの暮らしで、美味い物も綺麗な物も買ってやれず、旅にも連れて行ってやれず、子を生ませてやる事も出来なかった。
何も、ない。の幸せは一体どこにあったのかと哀しくなった。
桜の樹を選んだのは、せめて綺麗な花で飾ってやろうと言う罪滅ぼしのようなものに過ぎなかった。
清正は妻の冷たくなった身体を抱きかかえると、深い穴の奥底にそっと横たえた。
ゆっくりと、の身体の上に土を被せる。
最初に足に、次に胴に、両手を組んだ胸の上に、そして最後に顔の周りから徐々に土を被せた。
埋まって行く。
冷たく、黒い、土の中へ、妻の白い身体が沈んで行く。
「すまない………………」
涙と汗と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、清正は最後の一握りの土をの頭上にかけた。
それから月日が流れ――――幾度目かの春。
見事な花が咲くと聞きつけ、とある国の大尽がの桜を訪れた。
妖しいまでに人の心を惹きつける薄紅の花弁に、男はすっかり魅了され、供の者にこの樹を持ち帰るよう命じた。本国より人夫を大勢呼び寄せ、大規模な工事が始まった。
それを聞きつけた村人は、桜が故人の墓代わりであると訴えて、考え直して欲しいと懇願したが、平民の願いなど聞き入れられるはずもない。願いは一蹴されて、着々と桜の根は掘り起こされてしまった。
だが、そんなある日――――
「俺の女房をどこに連れて行くつもりだ」
桜の根元を掘り起こしていた二人組みの人夫の元に、一人の男が訪れた。
清正だっった。
清正はボロを身に纏い、幾日も睡眠も食事も取っていないような憔悴しきった顔をしていた。清正が農夫の使う草刈鎌を手にしていなければ、乞食か何かと見間違えられていただろう。
「女房とは何のことだ」
人夫の一人が聞いた。
「それだ。その桜の樹のことだ」
「この桜がお前の女房だって言うのか?」
頭のおかしな奴の戯言かと、人夫たちは一斉に笑った。清正の冗談に乗るように、おどけた口調で返す。
「お前さんの女房は京に連れて行かれるんだよ。そこで殿に愛でられるのさ」
「巫山戯るな」
「巫山戯てなんざいない。お前のような貧乏人の女房より、お大尽のお妾の方がよっぽど良かろう」
そりゃあいい、ともう一人の人夫が手を叩いて笑ったその瞬間――――
パシャリ、と。
水のはねるような音が響いた。
何事かと振り返ると、そこには首から上を失い盛大に血を迸らせる同僚の身体が直立不動で立っていた。首は足元にごろりと転がり、口先からだらしなく舌を垂らしている。
殺された。殺した。
清正が手にした草刈鎌で、人夫の首を一気に掻っ切ったのだ。
「あ、あああぁあぁあぁ」
悲鳴を、上げたつもりでいた。だが、悲鳴は途中で途切れ、同じ様に水音がパシャリと響いた。
直立不動で立っていた胴体はやがて、どうっと地面に倒れ、後にはばらばらになった屍体が二つ残された。
乱心した清正はことごとく人夫達を斬り殺したが、やがて大尽の手勢に捕まり首を落とされた。
工事を止める者はいなくなり、とうとう桜の根が引き抜かれたその日――――人夫達が目にしたのは、根という根に絡みついた屍体。
すでに白骨化しているもの、いまだ腐敗中のもの、埋められて間もないようなもの。
幾十もの屍体がまるで桜の樹の根にすがりつくように、その両腕を根に絡めていたのだ。
そしてその中に一つ。首のない屍体が紛れている。
ボロを纏った、まだ死んだばかりのように真新しいその屍体は――――先日、打ち殺された清正のものだった。
まるで桜の樹こそが死んだの化身とでもいうように、決して離さぬよう、きつく、きつく――――その根を抱きしめていたのだった。
「これで俺の話は終わりだ」
しんと静まり返った部屋の中で、清正は静かに蝋燭の火を吹き消した。
叫び声を上げるような内容ではなかったが、気味の悪い話ではある。
「へ、へえ、序盤にしてはまあまあじゃねーか……」
まさか下心で始めた百物語で、まともな怪談を聞くとは思わず正則はびくびくと肩を震わせながら虚勢を張った。
「声が震えているぞ」
と、三成に指摘され、うるせぇよ! と声を荒げる。
うるさいのはどっちだと冷静に文句を返してから、三成は居住まいを正した。
「次は俺の番だな」
end
桜が血を吸うと言うより、死体が血を捧げるという話。
なお、冒頭の一文ですが、梶井 基次郎の「桜の樹の下には」より引用です。