百物語
夏も残暑に近づいた葉月の終わりに、百物語でもしないかと言い出したのは正則だった。
なんでも今宵は子飼い三人で不寝番なのだそうだ。黙っていてはそのまま寝入ってしまいそうだし、何か暇を潰すものでも用意するかという話から、百物語に至ったらしい。
「だからよ、も一緒にやろーぜ」
屈託のない笑顔でを誘う正則。が、迷っているの両脇から、
「帰れ」
と、揃って二重奏を奏でる如く両兵衛がそれを阻止した。
「んだよ、おめーらには聞いてねぇだろ」
「聞いてなくっても駄目なものは駄目なの。を一晩中、狼の群れの中に放っておけないからね」
「なっ、バカヤロウ! お、俺たちは兄弟みたいに育って来たんだから、べつに……」
ならば、何故そこでどもる、と半兵衛は冷ややかな視線を正則に向けた。
子飼い達の浅知恵などお見通しだ。大方、ありきたりな怪談話でを怖がらせ――――『きゃー、こわーい』、『ははは、俺がついているから大丈夫さ』などという茶番で自分の株を上げようとしているのだろう。あわよくば怯えて抱きついてくるかも、と下心を抱えている事などお見通しだ。
「仕事の邪魔だから帰ってよね」
しっしっと野良犬を追い返すように、半兵衛は手を振った。
正則は残念そうに顔をしかめたが、その時、がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……」
「ん?」
「やって、みたいです……百物語」
まさかのからの援護射撃に正則は歓喜し、半兵衛は驚愕した。
やめときなよ、と制止したが、は夏らしい思い出を作れませんでしたので、とちょっと照れながら言った。
確かに、この夏も執務が忙しくて、それらしい遊びに誘ってやる事も出来なかった。それを思うと、確かに無下にしてしまうのも可哀想に思う。
「仕方あるまい」
官兵衛がやれやれとため息を一つつき、かくして晩夏の百物語がその日開催される事になったのである。
とっぷりと日が落ちたころ、子飼い、両兵衛、の六人は、不寝番が待機する部屋へと集まった。
本来ならば二間、もしくは三間の部屋でするのが良いと言われているが、そこまで都合する事が出来なかったため、十二畳程度の狭い部屋に大人六人が顔を突き合わせるという構図になっている。
壁際には蝋燭が六本。
本来であれば百物語の名に倣い百本立てるべきなのだが――――台所で備品を集めていた所をねねに見つかり、無駄遣いはいけませんと怒られたのだそうだ。
つまり、正確に言うならば今宵は百物語ではなく、六物語である。
が、そもそもただ怪談話に興じたかった面子ばかりなので、形式にこだわる事もなく、時間的にも一人一話で終わりにしようという事で話がまとまった。
「よし、集まったな」
正則は暗い部屋の中で、円を作るように座った面々の顔を順に見やった。
時計回りに清正、三成、正則、半兵衛、、官兵衛の順である。当然、子飼い達はの隣を狙っていたわけだが、見事にその企みは両兵衛による二重の守りの前に打ち崩されたのだった。
残念ではあるが、今更ぶつぶつ言った所で仕方が無い。
正則は準備が整ったのを確認すると、六本の蝋燭に火を灯した。小さな火種に照らされて六人の姿が障子の上に影を落とす。
「おおっ、だいぶそれらしいじゃねぇか」
風もないじっとりと生ぬるい空気が部屋を満たして、正則はにやりと不適に笑った。
そして、合図を送るように清正に視線を向けると、清正は一頷きして口を開いた。
end
季節外れですが怪談ネタ。
次回から一人ずつ怪談話をしていきます。