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ひいなあそび 籠女03





「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ――――
 は壁に身をもたれながら、外の雪景色を千里眼で見つめながら口ずさんだ。曇天からは絶え間なく雪が降り続き、世界を白で覆っていく。
 指先は無意識のうちに下腹部を撫で、まだ名もない子の事を考えていた。
 半兵衛に囚われ身体を重ねるうちに、いつかこんな日が来るかもしれないと漠然と考えていた事だった。
 身ごもった子の事を憎いとは思わない。だが、素直に喜べないのも事実だった。
 半兵衛への憎しみ、そして恐怖はの心に深く刻みつけられている。
 愛されていると思う。大切にされているとも。
 だが、その心根の深さを知れば知るほど、半兵衛の見せた狂気が恐ろしくなるのだった。
 思えばそれも――――愛情の深さゆえなのだろう。
 すべての発端のそのさらに前、まだ狂気を知る前のが、密かに思いを寄せていた事を半兵衛は知らない。





 竹中半兵衛の名をは稀代の名軍師という前評判を受けて聞き及んでいた。
 たった十六人の手勢で稲葉山城を乗っ取った逸話から、攻め込んだ織田勢を鮮やかな軍略で追い返したその手腕、そして乱世に見切りをつけてあっさりと草庵に引きこもってしまった潔さ。多少、想像の中で美化していたところもあるが、は軍師を目指す一人としてその才知に憧れ、また尊敬していた。
 初めて会った時はその女性のような柔和な風貌に驚きもしたが、すぐにその言動から半兵衛の見識の深さを知る事となった。
 それは未だ、恋と呼ぶには幼く、憧れの延長だったに違いない。
 だが、敬愛し尊敬する官兵衛とは、確かに異なる感情を半兵衛に抱いていた。
 そして、半兵衛も賢く教えた事をすぐに吸収するこの若き軍師の卵を、憎からず思っていたに違いなかった。
 そのまま順当にいけば、二人が恋仲になる日も遠くなかっただろう。お互いの中に芽生えた恋慕の情は、日を増すごとに強く深くなっていった。
 だが、そこに二つの運命の誤算が生じる。
 一つは、が軍師にあるまじき行動を取り、戦を混乱させたこと。
 そしてもう一つは、半兵衛が自分の想像以上に、その事に心を乱してしまったことだった。




「所詮、女か」
 ふと響いたその声を、は初め空耳かと思った。
 振り返ると古参の将が数人、げひた笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 またか、とは胸中で嘆息を漏らした。
 男ばかりの軍の中では、を小娘と侮ってからかう者がいた。女である上に年若く、秀吉や両兵衛と言った後ろ盾に守られている事を、良しとしない輩である。
 聞く耳など持つ必要はないと分かっていたが、女であるが故に将兵に舐められ軍師としての才を発揮しきれないにとって、それは劣等感以上の何者でもなかった。
 早くその場を離れようと足を速めた時、ふと男が半兵衛の名を上げた。
「女は股を開くだけで手柄になるんだからいいよなぁ。あの半兵衛にも、そうやって近づいたんだろうさ」
 聞き捨てならない一言だった。
 名軍師と名高き半兵衛が女の色香などに惑うはずがない。ましてや、自分が半兵衛と共にいれるのは、少なからず半兵衛が自分の才を認めてくれているからだとは信じていた。
 尊敬する半兵衛を貶めた上に、自分の能力を否定され、は唇をかみ締めた。
 結局は武功を上げなければ女だ、小娘だ、と馬鹿にされる。
 ならば敵将の首級などいくらでも挙げてやる。
 そのためなら――――命なんて惜しくない。
 そのはやりが最初の誤算の正体である。
 が奮闘したものの、結局力及ばず、危ういところを半兵衛の軍に助けられる事となる。は多大な叱責を受けたが、半兵衛の怒りはその程度では済まなかった。
 喩えるなら、相手を凍傷に至らしめるような冷たさと激しさを、半兵衛は胸に抱えていた。
 戦場ですぐに怒りを爆発させるのではなく、ゆっくりと、恐ろしいほど冷静に、半兵衛は怒りと狂気を募らせていった。
 煩悶がなかったわけではないが、の窮地に心を奪われ不覚にも本陣を空けてしまった事実が、思いの外半兵衛の心を揺るがしていた。
 愛情という言葉を飛び越え、冷静な自分をそこまで狂わせる存在を危険視してしまった事は、いっそその不幸な聡明さ故なのだろう。
 失うくらいならば、いっそ何もかも奪いつくしてやろうと――――半兵衛が答えを出すのに、そう長い時間は必要なかった。
 囲い閨の事を調べ、秘密裏に座敷牢を屋敷に造らせた。周りを騙す口実を幾重にも作り、それを信じ込ませる事も成功した。
 後はさえ手に入ればいい。
 その日、半兵衛は恐ろしいほど冷静で、普段通りの顔を作り、に近づいた。
 は従順だった。その潔さに腹立ち、次第に怒りがふつふつとこみ上げて来るのを感じた。
 初めは攫う事だけを考えていたが、半兵衛はを閨に伴って無理やりに身体を繋いだ。
 狂気を吐き出し、細い首に両の指を絡めて。
「もしも逃げたりしたら……その時は、殺すから」
 脅しでも、偽りでもなかった。
 その時、もし自分を裏切るような事があるならば、いっそこの手で殺してしまおうと、半兵衛は考えていた。
 否――――今もその想いに変わりはない。
 を深く愛し、想い、大切に思う今でも、もしが裏切れば半兵衛は再び狂気を露にするだろう。
 いや、もしかしたら――――ずっと狂っているのかもしれない。
 冷静に、静かに、すべて計算尽くしで――――稀代の名軍師は自ら理性を捨てたのかもしれなかった。
 これがもう一つの誤算である。



end


すべての原因となった、二つの誤算について。
ありがちですが、実は両思いというオチ。
ただちょっとしたズレで、それは大きく歪んでいく。