半兵衛が激しく狂ってます!痛いです。オリジナル要素もちと入ります。
それでも構わないという人だけどうぞ。
ひいなあそび
緋毛氈の敷かれた薄暗い真四角の部屋。
四方は黒い格子で遮られ、世界を外と内に隔つ。
部屋の隅には豪奢なぼんぼりが立てられ、部屋を艶やかに照らしていた。
調度も褥も何もかも一級品。格子さえなければ誰もそれを牢だとは思わないだろう。まるで等身大の雛壇のような倒錯した空間――――それがに与えられた居室だった。
居室の中には等身大の雛人形と白猫が一匹。まるで女雛のような華麗の錦糸の衣を羽織ったと愛猫が、緋毛氈の上に伏していた。
囚われてから幾日だろう。日の光も月の光も差し込まないこの部屋では、月日の流れはひどく緩慢に進んでいるように思う。
猫はが寂しくないようにとここに連れて来られた。初めは外に出られないのが不満げであったが、外にいる頃よりも上等な餌を与えられて殊の外ここの生活に満足しているようだ。
飼われる事に疑問すら感じない。自分もそうなってしまえば楽なのだろうか。
両の目に力を入れ、遠くを見やる。壁をすり抜け、野山を越え、まるで眼前にその風景画広がるように、慣れ親しんだ秀吉の屋敷が広がる。
皆、いつもどおりのように見えた。秀吉も、ねねも、清正も、三成も、正則も、自分が欠けたことなど忘れ去ってしまったかのように、笑って暮らしている。
そんな光景を目の当たりにすると、自分の方が間違っているのかとさえ思えてきてしまった。
そもそも、己はの常世姫。囲われ、世に秘され、生きるのが定めだ。歴代の常世姫がそうであったように、世を見渡せる目の代わりに、己の世界は十畳程度の座敷牢に限られる。
の家を出るまではそうしていた。それが戻っただけにすぎない――――
「?」
遠くを見ていたせいで、近くの人影に気がつかなかった。身体を起こして顔をそちらに向けると、格子の向こうから半兵衛が心配げにこちらを覗いていた。
「呼んでも反応がないから……どうしたの、具合でも悪いの?」
「いいえ……外の世界を懐かしんでおりました。だから意識がここになくて」
そう、と安堵するその顔。
こんな所に閉じ込めた当人が、なぜそんな顔を出来るのだろう。
「今日はね、綺麗なかんざしを買って来たんだよ」
かちゃりと扉を開けて、半兵衛が牢の中に入って来た。すぐに閉じられる扉。半兵衛の持つ鍵がなければ決して開かないそれ。
半兵衛が中に入ると、猫は嬉しそうに身体を摺り寄せた。猫を膝の上に乗せ、と向き合うように座る。
精巧な銀細工のかんざしが、半兵衛の手の中から姿を現した。
「動かないで」
膝立ちになり、の髪にそっと挿し込む。頭をあげると、かんざしがしゃらりと鳴った。
半兵衛は正面からそれを見つめると、
「うん。よく似合うね」
と、満足そうに微笑んだ。
この部屋に来てから、まるで公家の姫君のように着飾る生活が始まった。豪奢な衣を纏い、髪を結い上げ、唇に紅を引く。
戦に出ていた頃にはこんな生活は考えられなかった。武装し、髪を無造作にまとめ、男児のような顔で戦っていた頃が。
半兵衛は座敷牢を訪ねるたびに、やれ都で流行の反物だとか、やれ舶来の菓子だとか、色々な贈物を携えて来た。
そうして着飾らせて愛でるのがお好みらしい。まるで人形遊びだ。大好きなものだけで埋められた十畳の部屋には、戦も執務も何もない。ただ、半兵衛に都合のいい世界が、広がっているだけだ。
私もその世界の一部――――?
餌付けされた猫と同じように、囲われて、飼われて、縛られるのが正しい形なのだろうか。
間違っていると思う。だけど確信がなくて不安になる。
外の世界を恋しく思うのに、ここでこうして隔離されて生きていくのが、当然のように思い始めている。
「、おいで」
半兵衛に呼ばれ身体を浮かせると、そのまま腕を引かれ半兵衛の腕の中に閉じ込められた。
「余計なことは考えなくていいんだよ」
こめかみにちゅっと軽い口付けを落とし、耳元で囁く。
「はここでこうして、俺といつまでも暮らしていけばいいよ。乱世も天下も関係ない。外の世界なんて、もう見なくていいんだ」
子供を諭すような優しい声音に、心がぐらりと揺れる。
「綺麗な着物を着て、お化粧して、おめかしして。いつか俺の子供を産んでよ。俺、それまで誰も妻にしないから」
深く深く愛される。外の世界にいた頃ならば、どれほどその言葉を喜んだだろう。
でも――――
「半兵衛様。私、半兵衛様の事をお慕いしています。だから、こんなことしなくても……」
逃げません、と声にするより早くの身体は、乱暴に緋毛氈の上に押し倒されていた。
先ほどとは打って変わって、氷のような冷たい視線が降り注ぐ。
「逃げないなんて……保障はあるの?」
驚きつつも、の心はどこか冷静にこの状況を見据えていた。
ああ、これが歪みの原因なのだろう。
愛されている。なのに、一欠けらも信用などされていない――――
「じゃあ、両足の靭帯を切っちゃおうか? それとも骨を折られるのがいい? ああ、そっちの方が醜い傷跡が残らなくていいかもしれないね」
今ここでやってしまおうか?
半兵衛の左手が羅針盤を構えた。は呆然と羅針盤の刃が振り下ろされるのを見つめていた。
緋毛氈の上に点々と紅い血痕が残る。同じ紅でも血の紅はどす黒く、まるで真紅を汚す毒のようだ。
「。今日は舶来物の菓子を持ってきたよ」
床に伏したまま視線を放ると、半兵衛が嬉しそうな顔で和紙の包みを掲げていた。
ぎぃっと格子が開くと、猫はにゃーにゃーと鳴きながら半兵衛に擦り寄った。
足を引きずりながらまとわり付く姿は、どこか憐憫を誘った。自分の足を切った相手なのに、餌がもらえれば縋りつくのか。
なんだかその姿を見るのがひどく悲しくて、は猫を自分の膝の上に抱き上げた。
柔らかくて温かい毛並み、ごろごろと喉を鳴らすそれは、確かに生きている。
よしよしと半兵衛が頭を撫でると嬉しそうに猫が鳴いた。
でも……こんなに愛らしいと思うのに、もし猫が死んでしまっても、半兵衛は涙すら流さなかっただろう。次の日には代わりの――――よく似た白猫を牢の中に入れて、何事もなかった事にしたに違いない。
牢の中には女と猫がいる。喩え首がすげ変わったとしても、勘定はそれで合っているから。
私も――――もし壊れたら代えを用意するのだろうか。
中身が朽ちてしまっても、半兵衛の世界は決して壊れない。
同じ年頃の良く似た娘を、と名づけ、着物を着せて……それで毎日、舶来の菓子やかんざしを手に通うのだろうか。
嗚呼、それは絶対に嫌だ――――
の両目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「? どうしたの、どこか痛いの?」
おろおろと半兵衛が心配そうな顔を見せる。
はかぶりを振って、歪んでしまった半兵衛と、足の不自由な猫を強く抱きしめた。
end
すみませんすみませんすみません。
以下、反転でいい訳やらなんやら。
半兵衛はヒロインの足は切ってないです。切ったのは猫の足。
逆らったらこうなるよ? という脅しですが、もしもっと強くヒロインが反抗していたら、ヒロインの足も切ってしまったかもしれません
また替えが効くと思っているのもヒロインの思い込みです。猫は替えがききますが、ヒロインはさすがに替えは効きません。
で、ヒロインはどう考えても監禁されるのはおかしいと思ってるんですが、もともと実家で監禁みたいな感じの生活だったし、自由のない状態が正しいと思っているので、何かおかしいと思いつつもそれをぶつけられなく一人悶々としてます。(『常世の瞳 閑話』がそんな感じの幼少時代の話です)
半兵衛は監禁前はそりゃさすがに倫理的に駄目でしょうとか思い悩んでいましたが、なくすくらいならいっそ自分だけのものにしちゃえと思い切って行動に出ます。で、行動に出たら後はもう疑問を感じない。
『その指が喉に食い込む時』で繋ぐって言ってますが、あれを実行しちゃった感じです。