ぐしゃぐしゃ 05
正則は笑いを堪えきれぬとばかりに、肩を震わせていた。
に絶交を言い渡された時の、あの半兵衛の間抜け面――――「ぎゃふん」以上の効果だ!
正則はぎゃはははと哄笑を上げると、床を転がらんほどの勢いで畳を叩いた。
「なぁ、なぁ、なぁ、俺ってすごくね? マジあのはんべーにぎゃふんって言わせてやったんだぜ!? かぁぁぁ、やべぇ! 俺、しびれるー!」
と、自画自賛を散々しまくって、正則は上機嫌で清正の肩を叩いた。
元はと言えば、それは概ね三成の策ではあるのだが――――実行犯はほぼ正則なのだから、正則自身の手柄と言って良いだろう。
策はともかくとして、あの半兵衛をやり込めたのは見事だ。
万が一失敗すれば、一体どんな報復を受けるのか――――単に想像力が欠けていただけとも言えるが、それを恐れず立ち向かった事は賛辞に値する。
しかも、正則が――――下手な芝居ではあるが――――半兵衛を庇ったおかげで、逆にの心情はこちらに味方する事となった。
これならば半兵衛も下手に手は出せまい。
変に正則を責めれば、ますます己の立場を危うくするのだ。
「半兵衛なんざ、俺の相手じゃねー!」
正則は調子に乗って大声を張り上げると、上機嫌で哄笑した。
と、
「まったく、馬鹿はすぐ調子に乗る」
柱に寄りかかったまま、三成が呆れた顔で正則を見やった。
「んだぁ、頭デッカチ! 俺が半兵衛に勝ったからって、悔しいんだろ?」
「ふざけるな。誰のおかげで成功したと思っている」
「おい、二人ともその辺にしておけ」
すぐに険悪になる二人を諌めながら、清正は正則と三成の間に割って入った。
計画はほぼ成功したが、まだ気を抜くわけにはいかない。
「あれがまだ残っているだろ」
と、清正は机の上に乗った白い箱を見やった。
箱の上部には甘味処で有名な東屋の名がある。が購入し、今回の計画の鍵となった限定イチゴ大福である。
元々、箱には五つ大福が入っていたのだ。
半兵衛に差し出されたのはその内の二つで、残りはまだ箱の中に残っている。
全部半兵衛に食べさせず、あえて残したのは清正の案だった。
今回はうまい具合に半兵衛に罪を擦り付ける事が出来たが、冷静に考えれば誰が諸悪の根源かなど容易く判ってしまう。の怒りが正則や写真提供者の三成に及ばないようにと、怒りを納めてもらうための献上品としてあえて残して置いたのだった。
最初から二つ食われたと知ればそのまま怒りの矛先が向くかもしれないが、五つ食われたと思わせておき、後から三個差し出せばの怒りも軟化するだろう。
せこいような話だが、が味方である事がこの作戦の鍵である以上、こちらに矛先を向けさせるわけにはいかないのだ。
「かぁぁぁ、さすが清正! キレてんなぁ!」
正則が大笑いしながらばんばんと清正の肩を叩いた。力加減を知らないので清正は大変迷惑そうな顔をしていたのだが、もちろん正則はそんな事など気にしない。
「さーて、そうとくりゃ、さっそくの所に行くぜぇ!」
正則はまるで勝ちこみに向うように声を張り上げた。三成と清正も呆れたような顔をしつつ、それに続く。
そして誰もいなくなった子飼い達の居室の外で――――
「へぇぇ、そういう事」
両腕に山盛りの菓子を抱えた半兵衛が、目を細めて呟いた。
何のために子飼い達が自分をはめ様としたのかは分からないが、どうせ先日の件を逆恨みしたのだろう。何とも短絡的かつ安直な思考だ。
ふふっと半兵衛は笑みを零した。
子飼い如きがこの俺をはめようだなんて小賢しい――――
「俺に喧嘩売ろうだなんて、いい度胸だね」
半兵衛は普段の彼らしからぬ黒い空気を全身に纏うと、残虐な悪魔のような顔で――――嗤った。
「ねっ、頼むよ。このとーり!」
半兵衛は神棚に拝むように、ぱんぱんと拍手を打って拝んで見せた。
半兵衛に拝まれた三人――――正則、三成、清正は、複雑そうな表情で互いに顔を見合わせた。
誤算である。
を呼び出した茶室に、どこからやって来たのか半兵衛が現れたのだ。
あれほどこっぴどく拒絶されたにも拘らず、半兵衛はに会いに来たのだと言う。しかも、詫びの品である山盛りの菓子を携えてだ。
まだ数時間しか経っていない上に、そこらの菓子での機嫌が直るはずがない。
どうせ、冷たくあしらわれるのは目に見えているのだから、早く帰れと三人は胸中で念じたが、半兵衛も簡単には引き下がらなかった。
どうにかして三人に、仲を取り持って欲しいと頭を下げに来たのである。
「三人が俺の事よく思ってないのは知ってるけどさ……どうか頼むよ。俺、に嫌われるなんて耐えられないし……ご飯も喉、通んなくなっちゃうよ」
ううっと涙をぬぐうような素振りをして、半兵衛は必死に訴えた。
確かに傷心のようであるし、その境遇には同情――――と言っても、罠にはめたのは自分達だが――――するが……さっさとどっかへ行け!!
三人は心の底から半兵衛の退出を願った。
ここに半兵衛にいられると大変まずい。大福が実は残っていたなどと知ったら、からくりがばれてしまうかもしれない。
そうなったら、今までの全ての罪が倍返しになって自分達に降りかかってくる――――!
「半兵衛様、あなたにここに居られると迷惑です。これ以上、の機嫌を損ねないでください」
三成がぴしゃりと言い放つ。
さすが普段から生意気な口を利いているだけあり、相手が泣いていようが何だろうが容赦がない。いつもは腹立たしいその口調も、今の正則にはとても頼もしく感じられた。
「分かってるよ、が俺の顔も見たくないって事ぐらい……。でも、このままじゃ、俺も引っ込みがつかないし……」
「侘びの品が無名の菓子などでは……話になりませんね」
おおっと正則と清正は胸中で歓声を上げると、机の下でぐっと親指を立てて三成に向けた。
傷心の相手に向って労わるどころか、傷口に塩を塗りこむような辛らつな言葉。とても相手を卑劣な罠ではめた人間の言葉とは思えない。
半兵衛はしばし三成の冷たい瞳をじっと見つめていたが、やがてそうだよね、と悲しげに俯くと、沈黙の後、静かに立ち上がった。
「ごめん。やっぱり俺、に会わせる顔がないや。せめて……この菓子だけでも、に渡しておいてくれないかな? 限定イチゴ大福には及ばないかもしれないけど」
よろしく、と言い残して、半兵衛は白い箱をその場に置き、去っていった。
半兵衛が居なくなってから、正則は緊張の糸が切れたように脱力した。
一時はどうなる事かと思ったが、何とかと半兵衛の対面を阻止する事が出来たのだ。
「ったく、驚かせんなよなぁ」
正則はやれやれと肩をすくめると、半兵衛の残していった箱を引き寄せた。
白い箱に東屋の紋。限定イチゴ大福ではないだろうが、のお気に入りの店と聞いて東屋で菓子を求めたらしい。
普段の半兵衛は気に食わないが、ああいう殊勝な姿を目の当たりにすると、流石に良心が痛んだ。
「どうするよ、これ」
半兵衛の箱を前に、正則は三成と清正を見やった。
清正は逡巡して見せたが、三成は
「捨てろ」
と、即答だった。
「頭デッカチ……お前、俺が言うのもなんだけど、性格わりぃーなぁ」
「黙れ。貴様はあれだけ半兵衛に痛い目に合わされておきながら、まだ懲りないのか?」
「あぁ?」
「罠に決まっているだろう。あの半兵衛が、何の得もなく俺達に頭を下げると思うか?」
さすがと言うか何と言うか――――知将と称されるだけあって、思考が軍師に似ている。
確かに指摘されれば、その通り。
あの性悪軍師・竹中半兵衛が、何の策もなく自分達の下へ訪れるはずがない。
ならば、この箱の中には子飼い達を貶める、何らかの策が詰まっていると考えて間違いないだろう。
慌てて正則が箱を開くと、中には菓子など詰まっておらず、ボイスレコーダーが一つぽつんと入っていた。
『しかし、も馬鹿だよなー。まさか俺たちが裏で糸を引いてるとも知らずによ〜』
どこで録音したのか分からないが、レコーダーからは正則の馬鹿笑いと、計画を台無しにする危険な会話が響いた。
こんな物を耳に入れれば、忽ち自分たちが黒幕である事が知れてしまう。
「ふ〜、あっぶねぇ」
正則はひゅう、と息を吸い込むと、半兵衛の運んだ箱をしわくちゃに潰し、レコーダーを片手で握りつぶした。
これで半兵衛の策は潰えた。
「残念だったな、はんべー!」
正則が勝ち誇って笑みを浮かべたその時、襖が開きが姿を現した。
まだ大福の事を根に持っているのか、なに? と少し不機嫌な顔での登場である。
この顔を笑顔に変え、そして自分達の味方につける――――正則は、勝利を確信した。
end
子飼い(というかほぼ正則)VS半兵衛。
次回、最終話です。