「何のつもり、正則?」
別の飛刀を指先で繰りながら、は冷えた表情で正則を見やった。
正則は両手で庇うように半兵衛の前に立つと、
「兄貴は悪くねぇ! 殺すなら……俺を殺せーーっ!」
と、叫んだのだった。
ぐしゃぐしゃ 04
がつん、と。半兵衛の額が文机にぶつかって音を立てる。
からくり人形のように顔を上げては突っ伏すと言う動作を、先ほどから半兵衛は繰り返していた。そうする事で己に降りかかった災禍が、妄想となって何度も脳の中で再現してしまうのを、衝撃でかき消そうとしているのだった。
おかしいと言えば何もかもおかしかったのだが――――やはり、正則が柄にもなく半兵衛を庇った所から何かが狂い始めた。
の前に躍り出た正則は、普段の小狡さは微塵も感じさせぬ堂々とした態度で、俺を討てとに言い放ったのだった。
は――――ひどく冷めた目でそれを見ていた。怒りが臨界点を突破し、逆に凍えるような激情を溜め込んでいたのだろう。
そう、と呟くと、正則に向けて短刀を向けた。
「六道廻りだけでは懲りないようだから……今度は十界に落としてあげる。念仏を唱えなさい」
と、何やら恐ろしい事をさらりと言いながら、片手に短刀、もう一方には飛刀を構えた。
さすがにこれはまずいと、半兵衛はを止めかけたが、それよりも早く正則ががしっと半兵衛の胸倉を両手で掴んだ。
「すンません、兄貴! 舎弟になってたった一日でこの世を去る不義理、許してくだせぇっ!」
どこの任侠物に影響されたのか、正則は兄貴っ! と叫びながら男泣きに暮れた。
「ちょっ、舎弟にしてないし。っていうか、離してくんない?」
正則に襟元を掴まれた状態ではの説得もままならない。だが、正則は聞かず、すいません、すいませんと滂沱の涙を流しながら、半兵衛の襟元をぐいぐいと引っ張るのだった。
そして、
「俺が足りないばっかりに……本当にすみませんっした!!」
と、叫んだ瞬間に、半兵衛の懐から何かが零れ落ちた。
鮮明に人影を写した紙状の何か――――正則が越後屋のような高笑いと共に献上した件の代物である。
まずいと思った時には、時すでに遅し。
咄嗟に手を伸ばした半兵衛の指先を象るように、の飛刀が畳みに突き刺さった。
「ひっ!」
「これは……どういう事ですか、半兵衛様?」
にこりと、微笑んで。
「い、いや、あのね、これにはふかーいわけがあって」
「兄貴は悪くねぇ! 悪いのは俺だー!」
「ちょっ、正則は黙ってて!」
にこりと、再び微笑む。
それはそれは美しい顔で笑うと――――
「最低です、半兵衛様!!」
轟音と悲鳴が響き渡ったのだった。
がつん、と再び額を文机に打ちつけて、半兵衛は苦悶の声を上げた。
官兵衛が迷惑そうな視線を向けているが、それすら気付かない。
あの後――――のお仕置きを存分に受けた半兵衛は、しばらく私に近づかないで下さい、という決別の言葉まで頂戴した。
当然、誤解なのだと、これは正則からもらったのだと説明したが、それがさらに火に油を注ぐ事になった。理由はどうあれ、半兵衛がそれを所持していた事には変わらない。
『人のせいにするなんて、サイテーですっ!!』
と、これ以上ないほどの軽蔑しきった冷たい視線を受けて、半兵衛の心は千千に砕け散った。
もう大福も写真もどうでもいい。ただに嫌われたという事実が、半兵衛の心を打ち砕く。
「があんな目で俺を見るなんて……嫌われた……俺、ぜったい嫌われた……」
半兵衛は小さな声で呟きながら、すんすんと鼻をすすった。
「自業自得だ」
同室の官兵衛が、鬱陶しそうな顔を向ける。
半兵衛はがばっと顔を上げると、
「だけどさぁ、酷くない!? 確かに下心はちょびぃーっとあったかもしんないけど、俺が撮ったわけじゃないじゃん! 俺はただ水心あれば魚心ってわけで、ちょっと袖の下受け取っただけだし!」
俺、潔白だよ!!
と、どの口でそんな事が言えるのか、半兵衛は己の無実を声高に叫ぶ。
「ならばこの様な場所でうじうじしていないで、さっさと信頼を回復しに行くのだな」
いい加減相手にするのも面倒くさくなって、官兵衛は適当に助言を与えた。
「信頼って?」
「菓子でも与えておけば、そのうち腹の虫も治まるだろう」
何とも単純な策だが、確かにそれが一番分かりやすく効果的かもしれない。
分かったよ、官兵衛殿! と、半兵衛は声を弾ませると、慌しく床を踏み鳴らしてどこぞなりへと駆けて行った。
ようやく煩いのがいなくなり執務に集中できると安堵した官兵衛だったが――――ふと顔を上げ、思案する。
そう言えば、あの東屋の大福は五つ入りではなかったか――――?
半兵衛が二つ食したのなら、残りの三つはどこに消えたのかと、考え……
やがて、面倒くさくなって、思考を閉じた。
愚か者どもの戯れなど、我は関せず――――とばかりに。
end
大福の謎を残しつつ、次回に続きます!