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ぐしゃぐしゃ02





「ぎゃふん」
 おおよそ――――日常において――――否、非日常であったとしても、常人が口に出さぬであろう言葉を呟いて、半兵衛はばたんと上半身を文机の上に突っ伏した。
 先の一件からこの調子である。
「いつまでも下らぬ事を言っていないで、手を動かせ」
 とは、同僚の軍師の言葉だが、それで立ち直れるのならこのような所で、柄にもなくうじうじしていない。
 瞳を閉じると、何度でもあの情景が蘇って来る。そして何度でも――――
「ぎゃふん」
 この言葉を呟いてしまうのだ。
 完食されわずかに白い粉の残る皿を前に、は力なく崩れ落ちた。
「大福……わ、わたしの……東屋……限定……」
 わずかに聞き取れた言葉を耳にし、半兵衛はすぐさま状況を理解した。正則が詫びの品として持って来たのは、が食べるのを楽しみにしていた甘味処・東屋の限定イチゴ大福だったのだ。
 なんて物を持ってきたんだ――――!!
 半兵衛は顔を蒼白にして、放心しつつぶつぶつと同じ事を呟くが見やった。
 普段、温厚で冷静なだが、怒りで我を忘れる瞬間がある。その内の一つが楽しみにしていたおやつを奪われる事である。
 以前、の柏餅を黙って食べた正則が、六道廻りの刑――――正則曰く、仏教で言う所の天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道を生きたまま体験させられる恐ろしいお仕置きらしいが、詳細は不明である――――に処されていたが、それほどまでにの怒りを買う行為なのだ。
 しかも今回は無名の柏餅などではない。城下町一と呼ばれる東屋でも、徹夜で並んでも手に入らない事があると有名な、限定イチゴ大福である。の怒りは如何ばかりのものか、予想だに出来ない。
「……輪廻転生という言葉をご存知ですか?」
 がぽつりと、呟いた。
 その言葉は確かに、半兵衛に向けられていた。
「あ、ええと……いわゆる生まれ変わりってやつ?」
 でも、それって今は関係ないよね? ね? と、小さく問いながら、半兵衛はおずおずと答えた。
 の身体がまるで糸で動くからくり人形のように、ゆらり、と不自然な動きで立ち上がった。
「はい。遠く西の国では、生前の業の結果、次に生まれ往く姿が決まるのだそうです。悪行を重ねると、人は獣へ、獣は虫へと――――来世の姿が変われるのだそうです」
 それは知っている。知っている――――が、何だと言うのだ。
 半兵衛の不安をよそに、は逆に、と呟く。
「善行を積めば、虫は獣へも人へも変われます。つまり、一度虫に堕ちた身であっても、また人に生まれ変わる事が出来るのです」
 知っている――――だが、信仰が取り立てて篤いわけでもない半兵衛にとっては、それは知識でしかない。にとっても、そうであるはずだ。むしろは半兵衛以上に、己が特殊であるが故に神や仏を信じていない。
 つまり――――これは俗説の話をしているに過ぎないのだ。
 だから――――
 ゆらり、との身体が揺れた。
 すだれのように顔に掛かった髪の向こうから、煌々と輝く碧の瞳が、ぎらぎらと輝いて半兵衛を見据えている。
 そして、
「また人に生まれ変わったらお会いしましょう。半兵衛様」
 と。
 告げたのと飛刀が飛び出したのは同時だった。
 やられると、覚悟を決めた半兵衛だったが――――の放った凶刃は思わぬものを切り裂いていた。



end


食べ物の恨みは恐ろしいのです。
ヒロインに狙われた半兵衛の運命や如何に!?
次回に続きます。