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 それにどういう経緯があったのか、は詳しく知らない。
 ただ、三馬鹿と密かに称される子飼い三人組が、何やら半兵衛の怒りを買い、こっぴどく「お仕置き」されたのだそうだ。どうせ馬鹿な事をして怒らせたのでしょう、と特に詮索せず、その時は諌めるような事を言いながら三人の手当てをしたのだが、自身は実はそんな事などすっかり忘れてしまっていたのだ。
 いつもの馬鹿騒ぎ――――いや、自分が関わらなかった分だけ、その印象は薄かったかもしれない。
 日々の執務や雑事に追われ、そんな出来事はすっかり忘れてしまっていたのだ――――





ぐしゃぐしゃ





「ぎゃふん?」
 おおよそ――――清正の口から出るには似つかわしくない言葉を受け、正則は深く頷いた。
「おお。ぎゃふん、だぜ!」
 えらく自信に満ちた顔である。
 馬鹿か、と呟いたのは柱に寄りかかるようにして話を聞いていた三成で、つんと澄ました顔でそっぽを向く。
「おうおう、馬鹿とはなんだぁ、この頭デッカチ!」
 と、すぐさま噛み付くのはいつもの事だったが、清正はそのどちらも無視して、どういう事だと正則を促した。
「だからよぉ、許せねぇだろ、はんべーの奴! おっさんのくせにガキみたいな面して、偉そうに説教垂れやがって! しかも垂れた後に、馬鹿にはわからないかぁ、だぜ!? かぁぁぁ、今思い出しても腹が立つ!」
 正則は怒りが抑えられないとばかりに、己の手の平を拳で打った。
 確かにあの時の半兵衛は、ずいぶんと嫌味たらしい言葉を吐いていた。しかも笑顔でさらりと、毒を吐くのだ。当然、言われた側はいい気分はしない。――――もっとも、三成と清正は半兵衛の吐いた馬鹿とは、正則一人だけに向けられたものと認識していたのだが。
 元はと言えば怒らせるような行動を取ったのはこちらではあるので、その点に関しては簡単に非難するわけにもいかない。だが、正則は反省するどころか、逆に半兵衛に対して反抗心を募らせているようである。
「で、ぎゃふんか?」
 再び清正から奇妙な言葉が飛び出す。
「おうよ! 今こそ、俺達の力を思い知らせて、ぎゃふんと言わせる時だぜ!」
 正則にどんな計画があるか知らないが、果たしてそれが成功したとして、あの軍師がぎゃふんなどと言うか――――
 と、それはさておき、興奮気味に語る正則を前にして、三成は嘲りの笑みを浮かべた。
「馬鹿か、貴様は。性格が捩れているとはいえ、相手は軍師なのだぞ。お前の知恵ごときで、やり込める相手とは思えんな」
「んだと、頭デッカチ!」
 すぐさま正則が噛み付いたが、清正もさすがにこれには同意せざるを得なかった。仮に正則ではなく自分や三成であっても、あの「知らぬ顔の半兵衛」を相手取る事ができるのか甚だ疑問である。
 だが、正則には自信があった。
 聞いて驚けと前置きし、正則は二人に秘策を語った……






「お詫び?」
 と、明らかに胡散臭い物を見るような目で、半兵衛は言った。目の前には体を折るようにして、頭を下げる正則の姿。出っ張った頭部が畳にこすり付けられ、潰れている。
「俺、半兵衛軍師殿に叱られて目が覚めましたっ! ホントすんませんっした!」
 そう叫ぶように言い、更に頭を深く垂れる――――と、それと共に前頭部が、更に収縮して潰れる。
 半兵衛は正則の海老のように丸まった背と、潰れた頭部を見やりながら半眼でふうんと気の抜けた声を上げた。
「それでこれがお詫びの品ねぇ」
 押忍っ! と馬鹿でかい声で返事をすると、正則は目の前に置かれた盆をずずっと前に押し出した。
 盆の上には湯気を放つ緑茶と、大福が二つ。甘味は嫌いではないが――――詫びの品としては、ずいぶんと貧相だ。
「俺はお詫びなんかより、正則がちょっとでも賢く成ってくれた方が嬉しいけど?」
 嫌味を言ったつもりだったが、正則はその意味を解していないのか押忍っ! と再び馬鹿でかい声で返事をした。
「これからは半兵衛軍師殿を見習わせてくださいっ! 俺、舎弟になって兄貴って呼びますっ!」
「え、それはいいよう……」
 心底迷惑そうな顔で半兵衛。が、正則の耳には入っておらず、やはり押忍っ! と馬鹿でかい声を上げる。
 そして、膝を擦るようにして前に一歩出ると、
「俺、兄貴に差し上げたい物があるんですっ」
 と、おもむろに懐へと手を入れた。
 どうせ碌なものではないだろう、と大福を頬張りながら半眼でそれを見ていた半兵衛だったが、目の前に差し出された写真の束を前にして、思わず咀嚼を止めた。
「これ……無理言って、三成からもらって来ました」
 押忍っ! と――――そんな耳障りな声も届かないほどに、半兵衛は写真に見入っていた。
 着替え写真から、就寝中の写真、その他とても口では言い表せない、を激写したあんな物やこんな物が、半兵衛の眼前に晒されていたのである。
「あー……」
 こほん、と半兵衛はわざとらしく咳をすると、黙って写真を懐へとしまった。
 そして、
「悪だねぇ、正則」
「いやいや、兄貴には敵わないっすよ」
 二人でにやりと黒い笑みを浮かべたかと思うと、どちらともなくふはははは、と高笑いを上げた。まるでどこぞの悪代官と越後屋のようなやり取りだったが、そんな事にも構わず二人はただ笑い声を上げた。
 と――――笑いすぎて喉が渇き、緑茶で喉を潤したついでに、ぱくりと半兵衛が大福を頬張った時、突如それはやって来た。
 ダンダンダン、と床を踏み鳴らす音に二人が怪訝な表情で襖の方に目をやると、
「正則っ!!」
 怒号と共にスパンとそれが開いた。
 妙に色素の薄い小柄な娘が、目にめらめらと怒りの炎を燃やしてそこに立っていた。
……?」
 驚きで呟かれた半兵衛の声を無視して、はずかずかと座敷に上がると、正則の出っ張った頭部に向って短刀を突きつけた。
「三つ数える内に、正直に在り処を吐くか、生けとし生きる者すべてに懺悔なさい。返答にかかわらず、一瞬で極楽浄土に連れてってあげる」
 物騒な事を口走りながら、いーち、にー、と数える。さすがに座敷を血で汚されるのは堪らず、、落ち着いてよ、と半兵衛は二人の間に入った。
「何があったか知らないけど、とりあえず落ち着いて」
「半兵衛様は黙っていて下さい。あれだけ念を押したのに、このバカ則と来たら、」
 言いかけて、ふとの唇が止まった。
 半兵衛の顔を呆然と見つめている。
 どうしたのだろう、と半兵衛が訝っていると、はぶるぶると震え、瞳に涙を浮かべながら、
「わた、わた……わたしのイチゴ大福――――!」
 半兵衛の唇の端についた白い粉を指差したのだった。



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三馬鹿と性悪軍師によるどたばたコメディです。
ちなみにタイトルは、漢字で書くと「愚者愚者」。