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軍師騒乱05





 山頂の開かれた草むらで、と官兵衛は対峙していた。官兵衛はいつもの無表情、外傷もなく涼しげな顔をしている。対するは対半兵衛戦で受けたダメージはそのまま、前線で戦ったせいかぼろぼろの体で、瞳だけが唯ちかちかと鮮やかな光を放っていた。
「ずいぶんと無様な策だったな」
 官兵衛が無表情のまま告げる。
「それは……官兵衛様たちだってそうじゃないですか! あんなもので三馬鹿を敗走させるなんて」
「小勢力が将の意表を突くのは兵法の鉄則だ。そもそも相手の計略を看破できずに、子飼いたちを分散させたのはお前の愚策のせいだが?」
 はぐっと言いかけた言葉を飲み込んだ。
 確かにそれは正論である。いかに武力が高くても、計略にかかりやすい将を用いた時点で、こちらは不利。それに気づかず、単にこちらの策ばかり念頭においていたのは、の失態だった。
「でも……ここで官兵衛様を討てば、私の勝ちです」
 はすらりと短刀を抜くと、官兵衛に向けて構えた。
 両眼が煌々と碧の光を発する。
 軍師といえど、武力は官兵衛の方が上。だが、の千里眼があれば、その隙をつく事ができるはずだ。
 朝から酷使しているせいで、軽い眩暈を覚えたが、勝利がすぐ側にある事を確信し、は瞳に力を込めた。
「官兵衛様、ご覚悟っ!」
 声を張り上げ、は官兵衛に踊りかかった。
 対する官兵衛は鬼の手を構える。両者の武器が白熱の乱闘を繰り広げようとしたその瞬間――――
「!?」
 突如、の足元が崩れた。
 まさしく崩れ落ちるといった風に、足場が壊れ、は深い深い穴の底へ落下する。
「愚か者が」
 官兵衛はため息を漏らし、そう呟いた。
「こんな子供だましにかかるとは、お前は何を学んできたのだ?」
「え? え? えええええええ!?」
 自分の状況がうまく把握できず、はただ驚愕の声を上げる。
 落とし穴。まごう事なき落とし穴だ。
 天才軍師とその弟子の冴え渡る軍略合戦の終止符を打ったのが、落とし穴――――!?
 千里眼は確かに開いていた。
 開いてはいた――――が、の集中はすべて官兵衛に注がれており、周りまで見えていなかった。それが何よりの敗因であり、官兵衛の狙いだったのだ。
「え、ウソウソ。こんなの無しですよね!?」
「戦に待ったは存在せぬ」
「えっ、でも、こんなのって……ちょっ、やだやだ! 土かけないでください! 埋もれ……ごばっ……口に土が入ったぁ〜!」
 まるでありの巣に土をかけるような感じで、鬼の手がかき集めた土を穴の中に注ぎいれると、の情けないほどの泣き声が響き渡った。
「……偕楽園で良いな?」
 と、落とし穴を上からひょこりと覗き込んで、官兵衛が問う。
「や、嫌です! 私まだ負けて――――ちょっ、埋まる! 埋まっちゃいますから! 助けて!」
 無慈悲に注がれる土に、は涙を流して助けを請う。
 これが長年育てた弟子かと思うと、官兵衛はもう一度ため息をつきたくなった。



 そうして――――
 軍配が上がったのは両兵衛の軍となったのだが、無傷ですんだのは官兵衛唯一人だった。
 子飼いは敗走した時の傷を受けたまま何故かねねの説教を受け、半兵衛はねねのお仕置きで撃沈。は体中泥だらけにしながら、生き埋めにされたのがよっぽど怖かったのか、未だひっくひっくと泣きじゃくっている。そんなを鬼の手がおろおろしながら慰め、官兵衛は一人その光景を遠くから見やるという構図だ。
 果たしてこの戦で得たものはなんだったのか――――
 少なくとも、や子飼いに実際の合戦の指揮を任せられないという事だけは分かった。
 まずはそれで満足する事にしよう。
 官兵衛は遠く澄み渡る空を見上げた。
 わずかに唇の端を釣り上げ、
 温泉――――悪くない。
 と、思ったかどうか、それは官兵衛のみぞ知る。




end


最終話が短い上に、アホくさくてすみません。
これにて「軍師騒乱」完結です。お付き合いくださり、ありがとうございました。
さっ、次は温泉、温泉♪