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軍師騒乱02





 明くる日、城の裏手の山に両兵衛とが指揮する戦陣が敷かれた。兵力の差はおよそ二倍、の軍の方が子飼いの将が加わった分もあり優勢である。対する両兵衛の陣は兵を率いるモブ武将が一人、後は数合わせに揃えた雑兵がいるばかりだ。
「さ〜て、はどんな策でくるかな」
 と、半兵衛は楽しそうに遠くを眺めた。森の中に兵を隠しているせいか、軍の将兵は一人たりとも見当たらない。
 対する官兵衛はいつもどおり無表情を崩さず、
「どんな策でも構わぬ。敵兵は一人残らず滅するまでだ」
「でも、ちょっと楽しみじゃない? と軍略を競うなんて初めてだしさ。官兵衛殿も弟子の成長を見れるんだから、まんざらでもないでしょ?」
「ふん。下らぬ」
 口には出さないが、この荒唐無稽な勝負に乗ったのだから、官兵衛もまったく期待していないというわけではないだろう。
 そもそも、今までの合戦ではは官兵衛の命で動いていたにすぎず、自身が生み出した策というのはない。幼い頃から兵書を好み、軍略に通ずるが、どんな策を向けてくるのか半兵衛は楽しみで仕方なかった。
 そして、何より半兵衛を楽しみにさせるのが、のあの目だ。
の千里眼があれば、俺たちの動きなんて丸見えなんだし、下手な小細工しても見破られちゃうね」
 普通の戦のように、相手が忍びや間諜を用い情報を集めるなら騙しようもあるが、の目は同時に多くの真実を伝える慧眼である。こちらの動きは全て読まれている。伏兵や奇襲を狙ったところで、さらにその裏をかかれ自滅させられるだろう。
 だが、半兵衛はにんまりと笑った。
「卿にはすでに策があるのでは?」
「まあね。官兵衛殿も同じ事、考えているでしょ?」
 の一番の武器があの千里眼ならば、弱点も共にあの碧眼にある。
「さあて、どうやって屈服させるかなぁ」
 遠くを見やるように目を細め、半兵衛は幾多の戦術を脳裏に広げた。




 山の中腹に固められた騎兵隊。足軽隊を少し離れたところに配し、騎馬は山の中に隠している。
「数およそ三百。騎兵隊は五十の小隊に分けて、小回りが利くように、ね」
 は両眼に碧の光を宿し、両兵衛の布陣を見つめていた。
 機動力を優先した陣構え。こちらが攻撃を仕掛けた時に、真正面から対抗しなくて済むよう構えている。
 ふむ、とは腕を組んだ。
「清正、三成の部隊は鶴翼の陣で前進、正則は後方へ回って。正面からはぶつかってこないと思うから、退いたところを討つ」
「あんだよ、こっちが優勢なら正面からぶったたいちまえばいいだろ」
 遊軍に回された正則は不満そうに声を上げた。
 は駄目だよ、と首を振る。
「単純に戦力だけ見れば、こちらが優勢なのは明らか。であれば、絶対に正面から刃を交えようとはしない。むしろ一端退いて、こちらが追ったところで隙を突いてくるはず。機動力に重きを置いているなら、まずは退路を断ち、それを封じるのが得策かな」
 ふうん、と正則は分かったのか分かっていないのか判然としない声を上げた。
「だから正則の軍に兵を多く編成したのか?」
 と、清正。
 そう、とは頷く。正則の部隊はあくまで遊軍扱いだったが、戦力は主軍と同じだけの兵を持たせている。対して清正と三成が率いる主軍は、広く陣を構えるため、縦の隊列は薄い。
「なるほど、俺たちは見せかけの軍か」
「あ? どういう事だよ、頭デッカチ」
「馬鹿はそんな事もわからないのか」
 一瞬、険悪になりかけた二人をまあまあ、と落ち着かせ、は広げた地図の上に布陣を書き連ねた。
「つまりね、あちらが正面から戦わないのは分かっているから、こっちも戦力を割く必要がないの。三成と清正を先鋒にして主戦力があるように見せかけて、実際には正則の部隊に戦力を置く。逃げかけた所を正則が後ろから攻めて、挟撃するってこと」
 取り囲んでしまえば、如何に両兵衛といえど逃げようがない。こちらの思惑などすぐさま見透かされるかも知れないが、後方の軍を破れないかぎり、どこへ逃げても最終的には追い詰めることができる。
 ただ――――
 少しばかり気にかかる事があった。先ほどから注意深く、半兵衛と官兵衛の姿を見張っているが、まったく動こうとしないのだ。
 あまりに悠長に構えすぎではないか……
 それとも、まずはの策をお手並み拝見というつもりか。
 考えたって仕方ない。はぶるぶるとかぶりを振ると、将兵に前進を告げた。
「みんな、頑張ってね!」
 返ってくる喚声に満足しながら、は半兵衛と官兵衛の姿を注意深く見つめていた。





「ったく、張り合いがねえな」
 正則は退屈そうに槍を振りかぶり、敵兵を薙いだ。
 の策は的中し、退却した敵兵が面白いほど正則の手勢にぶつかって来る。大概の兵は突如現れた伏兵に驚き、反撃する暇もないまま討ち取られた。
 実の合戦ならもう少し死ぬ気の反撃が見れたかもしれないが、模擬合戦という事もあり討ち取るのは容易い。当身を食らわせると、すぐさま気絶してしまう敵兵を情けないと感じつつ、正則のK,Oカウンターは調子よくくるくると回っている。
「このまんまじゃ、俺だけで全員討ちとっちまうんじゃねえか?」
 そんな疑問を浮かべていると、正則の前に見慣れた人影が現れた。
 白と黒の対照的な武具を纏った、豊臣軍きっての天才軍師たちだった。
「なるほどね。兵の減りが早いと思ったら正則か」
 と、敵を目の前にして、感心するような口ぶりで半兵衛が呟く。
「よう、軍師ー。痛い目見る前に降参した方がいいんじゃねえか」
 今なら二人まとめて討ち取れる気がした。いくら頭が切れると言っても、所詮は頭デッカチの軍師どもだ。正則の武勇に匹敵するほどの力はないと踏んでの言葉だった。
 だが、正則の短慮を笑うように、官兵衛がくっと唇の端を釣り上げた。
「降参? 卿のような愚物に、誰が命乞いをするのだ?」
「んなっ! 官兵衛、てめえ!」
 挑発に応じるように正則は槍を振るった。だが、正則の槍は虚空を切り、地面に叩きつけられたそれは巨大なひび割れを作った。
「やれやれ、力馬鹿はやになっちゃうねえ」
 と、半兵衛も馬鹿にするような口調で揶揄する。
 正則はますます頭に血を上らせ、ぐんぐんと無双ゲージを溜めたが、ふいに半兵衛が不適な笑みを作った。
「ふふーん。俺たちに手を上げたりなんてできるのかな?」
「あ?」
 正則が顔をしかめると、ひらひらと薄っぺらい紙切れが舞い落ちてきた。
 あんだあ? と訝りながら拾い上げ、それを目にした瞬間、正則は言葉を失う。
 肌蹴た着物の裾からすらりと伸びた艶かしい脚。角度を変えれば着物の中が見えてしまうのではないかというほどの、危うげなアングルに、正則は思わず鼻息を荒げた。
「こ、こいつは……!」
「今年の夏に撮ったんだ。って俺たちの執務室によく入り浸ってるから、たまーに無防備にこんな格好で寝ちゃうんだよね」
 しどけない姿で寝入るの写真を、正則は両手で掴み思わず見入ってしまった。
 長い仲とはいえ、の内股など子供の頃以来見たことがない。細くもやしのようだったそれに色気など感じたことはなかったが、まさか知らぬ間にこんな風に育っていたとは……!
「欲しい?」
 悪魔の囁きが聴こえる。
 ごくり、と正則が生唾を飲み込んだのを見計らうように、半兵衛が詰め寄った。
 だが、
「だああっ! 駄目だ駄目だ駄目だ! 俺はお前らの温泉旅行を阻止するために来たんだ!」
 落ちかけたと思った正則が、急に正気を取り戻し半兵衛を襲った。半兵衛は素早い動きで正則の槍をかわし、しょうがないなあ、と呟く。半兵衛が官兵衛に目配せすると、妖気球を手にした官兵衛が正則の前に立ちふさがった。
「卿は何故戦う?」
「そ、そりゃ、清正が……」
「我らの旅路を妨げろと? 真実を知らず、無益な争乱を起こすのは罪悪だ」
「んなっ」
 考えてもみよ、と官兵衛の低い声が正則に向けられる。
「この戦、が勝とうが負けようが、卿には何の得もあるまい。土産の品が饅頭から南蛮の菓子に変わる程度だ」
「そ、そりゃそうだけどよ……」
 言葉に詰まったところで、官兵衛の顔がずいと寄った。鋭い眼光を当てられ、正則はますます劣勢に追い込まれる。
「卿はそれほど南蛮の菓子が好きか?」
「いや……どっちかっつーと、饅頭の方が」
「では、何を悩む事がある。矛を収め、無意味な殺生はひかえよ」
 まるで洗脳にかかったように、正則の腕がゆるゆると下ろされた。だが、まだ決心がつかないのか、完璧には下がりきらない。
 それを見ていた半兵衛はふうとため息を付くと、
「本当は俺の秘蔵コレクションだから渡したくなかったんだけど――――そこまで意固地になられちゃ仕方ないね」
 懐から幾枚もの写真がすっと取り出される。
「正則には刺激が強いかもしれないけど……見る?」
 ごくり、と正則は唾を飲み込んだ。
 悪魔にそそのかされる様に、そっと手を差し出すと、そこにはめくるめく官能の世界が――――
「やべえ! やべえ、やべえよ、―――!」
 目をぎんぎんと血走らせ食い入るように写真に見入ると、突如ぶしゅうっ、と血しぶきが上がった。
 鼻血を盛大に吹き出し、白目を向いて卒倒してしまった正則。
 半兵衛はそっと正則の顔を覗き込み、ぴくりとも動かない正則を羅針盤の刃でつんつんとつつく。
「あれ、とどめを刺す必要なくなっちゃったね?」
「その価値すらあるまい。これで火種が一つ消えた」
 官兵衛はもはや関心すらもないといったいつもの無表情で、正則の身体を容赦なく踏みつけると、そのままずんずんと正則の部隊を壊滅すべく進んでいった。
 官兵衛に足跡を残されながらも、正則の顔は幸せそうだったとか――――



end


正則がDTみたいな反応ですみません。
半兵衛が変態ですみません。
官兵衛をアホな子にしてすみません。
でも、続くよ!!