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盤上遊戯02





「俺、がいた方が仕事はかどるみたい」
 と、半兵衛が上機嫌に言ったのを、こちらは不機嫌にそうですか、と淡々と返す。
 確かに普段、無駄話の多い半兵衛にしては、黙って仕事に没頭していたように思う。もともと出来る部類の人間ではあるし、本気を出せばこの程度の執務は朝飯前なのだろう。
 今は外出して席を外しているが、もしこの場に官兵衛がいれば、普段からそのぐらい真面目になれと皮肉の一つでも言ったかもしれない。
 が、その分、には集中など皆無だ。そもそも人の膝の上に座って執務など出来るはずが無く、また半兵衛の手が無口な主人と打って変わって悪戯をするのである。
 腰に回された腕がするすると離れたかと思うと、腿の辺りを撫で回す。
「半兵衛様!」
 お触りは禁止です! と手ひどくはね付けるが、そんな反応さえも楽しんでいるのか、半兵衛は悪戯を止めない。
 そんな事をするなら下りますと離れようとすると、約束を違えるのかと口を尖らせる始末。まったく閉口してしまう。
「それじゃあさぁ、ここは将棋で一勝負といかない?」
 は身体をねじって――――その間も半兵衛の手がの膝小僧を撫でようとしていたのだが、手の甲を抓ってそれを阻止していた――――半兵衛を振り返った。
が勝ったら止めてあげてもいいよ?」
 どう? と小動物のように可愛らしく小首を傾げて、半兵衛が問う。
 だが、はかぶりを振った。
「どうせ半兵衛様が勝ったら、また無理難題を言うのでしょう? それに半兵衛様の強さはもう知っていますし、」
「俺は飛車と角はいらない」
 はきょとんと目を丸めた。
 飛車と角は将棋の花形だ。二枚落ちの手合割でも、勝てるという自信があると言うのか。
 半兵衛が負ける戦をするとは思えない――――が、二枚落ちでが負けると思われるのも癪だった。
 何より――――この縦横無尽においたをする右手をどうにかして欲しい。
 はしばらく逡巡したが、やがて
「わかりました。手加減しませんからね!」
 と、勝負に乗ったのだった。





 勝負の間も一回目の賭けは有効と言う事で、は半兵衛の膝の上から降りる事を許されなかった。そのため、半兵衛は口頭で差し手を読み、がそれの駒を動かすという形になった。
 序盤はの優勢。
 攻めの核となる飛角がない分、半兵衛は守りに徹する。半兵衛の囲いは俗に美濃囲いと呼ばれる戦法で、右翼に展開した敵陣の飛車に有効な守りだった。
 だが、上部からの守りには弱い。いったん上部の守りを破ってしまえば、容易く敵の侵入を許してしまう。
 それを知っているは性急に攻め込まず、じわじわと外堀を埋める事から始めた。ただの駒のぶつかり合いであれば、今のところ劣勢になる要因はない。冷静さを失わず、着実に攻めようと実に軍師らしい戦術を立てた時――――事件は起こった。
「ひゃっ」
 が小さく悲鳴を上げたかと思うと、手にした駒を取り落とした。変なところに着地したそれは、の思惑とはまったく異なる場所に留まり、途端にの戦況を危うくさせた。
 一度駒から手を離せば、二度指しは許されない。
「何をなさるのですか!」
 と、が瞳を険しくさせて睨みつけると、半兵衛は別にぃとそ知らぬ顔での胸から手を離した。
 撫でるような一瞬の動作だったが――――確かに半兵衛の片手がの胸に触れていった。それに驚いては駒を取り落としたのだから、これは立派な妨害工作、ついでにとんだ性的嫌がらせである。
「もう離してください!」
 怒っては半兵衛の上からどこうとしたが、半兵衛の両腕ががっちり挟んで離さない。
「だーめ。だってほら、勝ったら止めてあげるって言ったでしょ?」
 つまり、勝つまでは解放しないと言う事か。半兵衛が手合割までしてに勝負を乗せたのは、このためだったのだ。
 やられた――――
 は悔しそうに半兵衛を睨みつけたが、その程度で知らぬ顔が崩れるはずも無く、俺の番とばかりに次の手を読み上げる。さすが名軍師、したたかな上に性格が悪い。
 それからの対局は最悪だった。
 が打とうとすると、半兵衛がここぞとばかりに集中を乱すのである。
ってけっこう着やせする方だよねぇ」
 などと耳元で囁かれて、正常な判断が出来るはずが無い。
 一つ空いた穴は二つ、三つと次々に防壁を瓦解させ、いつの間にかの優勢はまったく逆転してしまっていた。



end


将棋のことはよく知りません。
手とか戦法とかかなり適当なので、ご容赦を!
(あ、でも美濃囲いはちゃんと存在します)