このシリーズには、狂愛、ヤンデレ、鬼畜、外道、暴力といった要素が含まれます。
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大丈夫な方のみお進みください。
ゆびきりげんまん 嘘ついたら針千本のーます
ゆび切った――――
ゆびきり 04
その瞬間、は死を覚悟した。
半兵衛の激昂、落胆、それを思えばきっと殺されて当然なのだろう、と。
だが、そうならば唯、死を受け入れるまでだ。
自分が半兵衛に囚われている以上、常に官兵衛や秀吉達を命の危険に晒している。そんな事は耐えられなかった。
半兵衛の事を自分がどう思っているのかは――――分からない。
殺したいほど憎く、逃げ出したいほど恐ろしく、そして――――きっと泣いてしまいたいほど……
だから、自分はこの死を受け入れよう。そう覚悟した。
だが――――
「え……?」
はらり、と花弁が散るように、黒髪が一房地に落ちた。
半兵衛の振るった刃はの髪をかすめ、それを切り取ったにすぎなかった。
足元に落ちたそれを、半兵衛は無表情で拾い上げると、懐紙に包んで懐にしまった。
ねえ、とひどく冷めた声で問う。
「相手の誠を得るには、どうしたらいいと思う?」
何の事を言っているのか分からず、はただ瞬きを繰り返した。
「遊女ってさ、客に誠を示すために誓詞を書いたり、髪を切ったりするよね」
心中立てのことか、とは思考の片隅で思う。
客に不変の愛を示すための手練手管。互いに愛を誓い合うために、髪切りは相手に切らせるとも言う。
これは――――そうなのか。
「俺はさ、の誠が欲しいよ」
半兵衛の冷えた指先が、の片手を掴んだ。
甲を包み込み、愛おしげに指先を撫でさする。それは数日前、半兵衛と指切りを交わした小指だった。
ゆびきりげんまん――――と、呟くように囁いて。
さっと顔を蒼白にさせたを無視して、半兵衛はの手を地面に押し付けた。
嘘ついたら――――
羅針盤の丸い胴部分がの手の甲にあたる。の上げる甲高い悲鳴も、静止の声も届かず、半兵衛はただ口ずさんだ。
針千本のーます――――
そして、ひゅんっと飛び出した刃が回転して、
ゆび切った――――
紅い鮮血が飛び散るのと共に、の絶叫が竹林の中にこだました。
髪切りに指切り、愛の口説を交わすだけではとても足りない。
この胸に穿たれた枯渇した穴を埋めるには、まだまだ足りない。もっともっと欲しい。
「今度からは死なないって言う約束も、追加しなくちゃ」
愕然とする官兵衛を前に、半兵衛は無邪気に語った。
「約束を破ったらどうしようかなぁ。次は舌きり雀になってもらおうか? それともあの綺麗な目がいいかな?」
官兵衛は咄嗟に半兵衛の胸倉を掴みあげると、ぐっと力を込めた。
ぎりぎり、ぎりぎり、と力を込める。
だが、半兵衛は澄ました顔に、淡い笑みを浮かべている。
「よしなよ。俺を殺したって、はもう官兵衛殿の所に戻らないよ。わかるでしょ?」
幾重にも交わされた誓約と罠が、を捕らえて離さない。
仮に半兵衛が死んだとしても、それは解ける事などないのだ。
「離してよ」
半兵衛が猫のように目を細めて告げた。
低く、暗く、深く、悪之華を咲かせた顔で告げる。
「離せよ」
半兵衛の足先が乱暴に官兵衛の腹を蹴り飛ばすと、官兵衛の身体は後ろに跳ね飛ばされ尻餅を付くようにして転んだ。そんな官兵衛の顔を、半兵衛は冷ややかに見下ろしながら、手にした匂い袋を大事そうに懐へしまう。
甘い香りが官兵衛の鼻腔にも届いた。
だがそれは最初に嗅いだような甘く爽やかな華の香などではなく、妙に毒々しい瘴気のように感じられた。
「祝福してよ、官兵衛殿」
半兵衛が子供のような顔で笑う。
「の白無垢姿、きっと綺麗だよ?」
その時、官兵衛はわずかに半兵衛の心を理解した。
半兵衛は自分の意のままに動く人形が欲しいのでも、閉じ込めて愛でるだけの蝶が欲しいのでもない。
自分の妻となり、共に暮らし、生涯を終える――――伴侶が欲しいだけなのだ。
そのためならば、どんな残酷な事も、無茶な約束も、残忍な罠も仕掛けるだろう。
彼にとってそれは決して間違ったことではないからだ。
裏切ろうと、偽ろうと、嘘をつこうと、憎まず受け止める。その代償には愛情しか求めない。
切れた小指の爪先は、半兵衛にとって誠の愛の一部でしかないなら――――
「ゆーび切った」
半兵衛は唄うように呟いて、そしてふふふと笑みを零したのだった。
end
しかし「甘露」のリベンジが出来て良かった!
これにて「ゆびきり」完結でございます。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!