このシリーズには、狂愛、ヤンデレ、鬼畜、外道、暴力といった要素が含まれます。
嫌悪感を感じられる方はブラウザバックをお勧めします。
大丈夫な方のみお進みください。
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ――――
目隠し鬼
強い花の芳香と、そこ等じゅうに吊るされたぼんぼりの灯り。そして反響する声がこの空間を埋め尽くすすべて。
くすくす、くすくす、と――――
一体どこで笑っているのか分からないくらい、音が篭って聞こえるのだ。
前に? それとも後ろ? 左右なのか。それとも本当は部屋の外にいて、座敷の中でのたうち回る自分を眺めているだけかもしれない。
「ほら、こっち、こっち」
笑い声に交じって手を叩く音。
前後不覚で平衡感覚も保てないほどふらふらになりながらも、は立ち上がって音のする方を向く。
目は見えない。
幾重にも覆われた黒い目隠しで封じられ、漆黒の闇の中にいる。
聴覚や嗅覚を頼りに足を運ぶが、今まで視覚に頼りきっていたにはそれは難しい遊びだった。
手を伸ばして声の主を捕まえようと飛び掛るが、指先は虚空を掴み、部屋に置かれた調度品や何かにつまずいてそのまま倒れこむ。
所々ぶつけて体中が痛んだ。きっと痣や擦り傷になっているに違いない。かろうじて流血はしていないようだが、それも目隠しをされているため定かではない。
「おーにさんこーちら、てーのなーるほーへ」
半兵衛がからかうように手を叩いて囃し立てる。
ぎっと唇をかみ締めて音がした方に飛び掛るが、ひらりとかわされる。
「こっちだよ、こっちー」
すぐに背後を振り返って手を伸ばすが、足をすくわれて無様にも前のめりに転倒した。
くすくす、くすくす、と――――
部屋中から声がする。
まるで何人にも分裂したように、そこらじゅうで嘲笑っているのだ。
惨めな自分を想像しかけて、目を覆った黒布にじんわりと涙が滲んだ。泣いた所で半兵衛を悦ばせることにしかならないが、これ以上悔しさを胸の中に溜め込む事などできない。
肩を震わせ嗚咽を漏らすと、目の前に半兵衛の気配を感じた。
「泣いているの?」
自分がこんな状況へ追いやったくせに、慰めるような優しい声音を使う。
「可哀想に。帰りたいんだね? 官兵衛殿にも秀吉様にも、ずっと会ってないし」
が半兵衛の屋敷に連れて来られてから、すでに幾日も経っている。攫われるようにして忽然と姿を消したの事を、皆はどう思っているのだろう。きっと心配しているに違いない。それとも半兵衛が舌先三寸で謀ったのか。
外界から一切隔たれたこの場所では、にそれを知る術はなかった。
そして、帰して欲しいと泣いて懇願するに、半兵衛は子供のような笑みを浮かべてある提案をした。
遊びをしよう。その遊びでが勝てたら帰してあげる、と――――
その言葉に歓喜した己を今では恨めしく思う。
半兵衛が――――この男が、ただで帰すはずなどないではないか。
いたぶって楽しんでいるだけなのだ。
甘い言葉をかけて、期待が高まった所で一気に絶望に突き落とす。
泣いて、悔しんで、己の無力さを徹底的に叩き込み、二度と希望など持たぬよう心に刻み込む――――そのための遊びなのだ。
「この外道」
は精一杯の侮蔑を込めて言い放った。
一瞬――――まるで室内の温度が一気に冷え込むような、そんな奇妙な空気が流れた。半兵衛の突発的な怒りが肌に触れる。
だが、それは一瞬だった。
ふふっと笑む声が聞こえたかと思うと、耳元で囁かれる。
「その外道の子供をは孕むんだよ」
はぞくりと背を撫でる悪寒に、身体を震わせた。
「厭だったら、ほら、捕まえてごらん?」
くすくす、くすくす、と――――
は必死になって半兵衛の影を追った。傷も痛みも思考の向こうに追いやって、がむしゃらに両手を振るった。
そして、ふと指先がふわりと宙に舞った衣に触れ――――
「捕まえた!」
は羽織の袖を強く引っ張った。
だが――――それには重さがなく。
訝った瞬間、視界が晴れた。
しゅるりと、衣擦れの音をさせて目隠しが解かれ、呆然とするの耳元で低い声が告げる。
「残念。時間切れ」
窓にはめられた格子の外には一番星が輝いており、約束の時間が過ぎた事を示していた。
突如、目隠しを解かれた視界はぼんやりと白けており、は平衡感覚を失ってふらりとその場に崩れ落ちた。
その身体を労わるように抱きすくめ、
「じゃあ、今度は俺が捕まえる番ね?」
背後から半兵衛の腕が包み込む。
まるで獲物を絡め取るように、地の底へ引きずり込むように――――
捕まえるも何も、すでに捕まっているではないか。
逃げ場など――――ここにはどこにもない。
呆然と振り返ったの視界の中で、半兵衛がにこりと笑った。
嗚呼、鬼だ――――
私が鬼なんじゃない。この遊びはずっと、この男が鬼だったんだ。
end
というところで、「悪之華」の後日譚です。
先生のドSっぷりに磨きがかかりました。