このシリーズには、狂愛、ヤンデレ、鬼畜、外道、暴力といった要素が含まれます。
また、半兵衛と官兵衛が仲良くない&ヒロインが複数の男性と関係を持っています。
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大丈夫な方のみお進みください。
翡翠城陥落の報せを、はある日の宵の頃に聞いた。
戦は長引いたが、城門が開いてからは一気に片付いたらしい。の諸将がこぞって織田に寝返ったのが功を奏したのだろう。
多少の被害は出たが、の一族も素直に降伏を認め、城も無事だと言う。
そして竹中半兵衛の軍は――――戦が始まってしばらくの後、の兵に急襲され壊滅されたとの事だった。半兵衛は敵兵に討たれ、躯も見つからなかったのだと言う。
「まさかあの半兵衛が……」
秀吉の落胆振りはすぐに見て取れた。信長暗殺は拒んだものの、軍師としての力は認めていたのだろう。
「も気落ちするんじゃあないぞ」
と、励ますように肩を叩いて、秀吉の無骨な手がの頬に触れた。
知らぬ間に涙が頬を伝っていた――――
その事実に、は戸惑う。
自分が兵を差し向けたくせに、いまさら罪悪感を覚えているのか。
そんなはずない。半兵衛は泰平のためにならない。それは官兵衛も同じ想いだったはずだ。
だが、ふいに思い出されるあの温もりや睦言が、の涙腺を制御不可能なものへと変えていく。
これは一時の感傷だ。そうに違いない。
無理やり思い込もうとしても駄目だった。
は流れ落ちる涙を拭いながら、秀吉に自室に戻る許しを得た。
今日はもう眠ろう。明日、目覚めればすべてが終わっている。
自分の愚かな策も、竹中半兵衛が残した感傷も、すべてなかった事になっているはずだ。
そうしては独り月明かりが差し込む居室へと戻った。
悪之華 04
一体、いつから寝入ってしまったのだろう。文机の上に突っ伏す形で、いつの間にかウトウトとまどろんでいたらしい。
部屋の端に立てた行灯はすでに火が消えており、わずかに開いた障子の隙間から月明かりが差し込んでいる。
目覚めれば何もかも忘れている。
そう思ったはずなのに、すぐに思い浮かんだのは半兵衛の顔だった。
この痕が消える前に戻るからねと、口付けられた箇所を指先で触れた。
痕などとうに消えてしまっただろう。これでもう自分は、何者の物でもないはずだ。
「あーあ、また新しい痕をつけなくちゃね」
ふいに背後に響いた声に、はびくりと肩を震わせて振り返った。
暗闇の中に――――にやにやと笑う見慣れた顔がある。その男は少年のような風貌に生意気そうな笑みを浮かべ、立てた膝の上に頬杖をついてを見ていた。
「はんべ……!」
叫び声を上げそうになり、咄嗟に男がの口を手の平で塞いだ。
唇の前に指を立てて、しぃーっと音を立てる。
「もう遅いんだから、悲鳴なんて上げちゃ駄目だよ」
と、楽しそうに言った。
これは夢なのだろうか……
だが、触れられた手の平は温かい。幽霊や物の怪の類でもない。
という事は、生きていたのだ――――
あの絶望的な戦場から、半兵衛は生きて戻ったのだ。
「戻るのが遅くなってごめんね?」
可愛らしく小首を傾げるようにして、半兵衛はの身体を抱き寄せた。
身体を包み込む柔らかな温もり。
早鐘のように鳴り響く鼓動がどうか半兵衛に気取られませんようにと、は一心に願った。
の焦燥に反して、半兵衛はにっこりと微笑んで見せる。
そして、
「にお土産があるんだよ」
半兵衛は瓜でも包んだような丸く膨らむ風呂敷を手に取ると、の前に差し出した。半兵衛の背後には同じような包みが幾つも重なっている。
「開けてみて?」
半兵衛はにこりと微笑むと、手の平を向けて促した。
は半兵衛の上機嫌に違和感を覚えつつも、おずおずと結び目に指をくぐらせた。
鼓動がどんどん高鳴って、心の臓がこのまま張り裂けてしまいそうだった。
開けてはいけない――――
脳裏のどこかで、それを見てはいけないのと警告が鳴る。
だが、まるで暗示にでもかかったように、は手を止められなかった。半兵衛の見守る視線を受けながら、ゆっくりと風呂敷を解いていく。
結び目をほどくと、しゅるりと風呂敷が解け、包まれていた丸い何かがころりと転がった。
球体から艶やかな漆黒の糸が何本も伸びており、それが畳の上に広がって――――
「かあ……さま……」
は両手で口元を覆って、畳の上に転がったそれを凝視した。
首。女の首だ。
月明かりを受けた女の白い首が、まるで輝きを発するようにぼんやりと闇に浮かぶ。
瞼は硬く閉じられ、紅を塗った唇から一筋の血が顎にかけてこびりついていた。
「いや……あぁ、あああ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
は甲高い悲鳴をあげると、ガタガタと震えながら己の頭を両手で覆った。
数年ぶりに見る母の顔は、妙に安らかだった。
「どう、気に入った?」
半兵衛が無邪気に問う。
ゆっくりと半兵衛の背後に目をやり――――あの、幾つもの、風呂敷は皆――――
「人間の首ってけっこう重たいねぇ。持って帰るのに苦労しちゃった。でも、にちゃんと見て欲しかったから、俺頑張ったんだよ?」
褒めてとでも言わんばかりの口振りに、は信じられないものでも見るように半兵衛の顔を見た。
笑っている。
何かを企むような、そんな黒い笑みではなく――――純粋に、無邪気に、子供のような顔で微笑んでいる。
「こいつらみーんなを裏切った奴らだよ。どうどう? 死んだって知ってスカっとした? それとも自分の手で……」
「違う!」
は声を上げて、半兵衛の言葉を遮った。
「確かに……私は憎かった! ずっと恨んでいた! 捨てられて、悲しくて、辛くって……でも……私……こんな事を望んだんじゃない……!!」
こんな風に、首を落として辱めようなどと、思っていない。
憎くても、それでも大切な人たちだった。
だから、自分は……この男を騙して城を――――
城を――――
「嘘だよ」
否定の言葉に、ははっと顔を上げた。
「は嘘が上手だなぁ。そんな風に、自分の気持ちをすり替えて、自分にまで嘘をつかなくてもいいんだよ」
「違う。私……!」
「違わないって。憎かったでしょ? 恨んでいたんでしょ? だったらそれでいいじゃん。自分を誤魔化して、否定するなんて不自然だよ」
それにさ、と半兵衛は続けて呟く。
「が望んだ事なんだよ。これは」
にっこりと微笑む笑顔。上弦のように細められた双眸は――――まるで獲物をいたぶる猫のように輝いて……
「が俺におねだりしたんだから」