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!CAUTION!
半兵衛と官兵衛が仲良くありません。
官兵衛が保護者以上の感情をヒロインに対して持っています。
それでも許せる方のみお進みください。




















黒炎





 枕元に気配を感じ、半兵衛はゆるゆると瞳を開いた。
 行灯の光に照らされて仏頂面の白面が浮かび上がる。病人である自分より顔色が悪いのではないかと訝りながら、半兵衛は相棒の顔を見やった。
「用があると聞いて参じた」
 相変わらずの感情のない声。だが、遣いをやってすぐに来たという事は、それなりに半兵衛の体調を気にしているのだろう。
「話があってさ、」
 呟くように告げて上半身を起こすと、無言のまま背に官兵衛の手が添えられた。冷徹無比の軍師と言われるくせに、その手は思いのほか暖かくて。半兵衛はやりにくい、と胸中で零す。
「何の話だ。戦の事ならば卿が案ずる必要など――――
の事だよ」
 無意識に話題を反らそうとしている事を、官兵衛は自覚しているのだろうか。半兵衛の言わんとしている事を察して話題を避けようとしたのだろうが、あいにくその願いに添う事はできない。半兵衛には、もはや時間がないのだ。
「単刀直入に言うよ。と懇ろになりなよ……官兵衛殿」
「………。」
 官兵衛は半兵衛の言葉に何も返さなかった。その代わり、瞬きも驚いた素振りも見せない。いつもの固い表情のまま、半兵衛を見返している。
 半兵衛は苛立った。
 がりがりと頭を掻き毟り、
「もっとはっきり言おうか? を女として抱けって言ってんの。は官兵衛殿の事が大好きなんだ。官兵衛殿が命じれば悦んで足を開いて――――
 言いかけて、官兵衛の手が半兵衛の胸倉を掴み上げた。
 表情は固いまま――――だが目の光が違う。憤怒を溜め込んだ鋭い瞳で半兵衛を睥睨している。
「やっと正直になった」
 半兵衛は不適な笑みを浮かべ、官兵衛の腕を振り払った。
 乱れた襟元を正すと、褥の上に正座し、官兵衛と対峙する。
を女にしてあげなよ」
 諭すような静かな声音。
「……なぜ、卿にそのような事を言われねばならぬ」
 搾り出すように吐き出された言葉に、半兵衛はふと片眉を上げた。
 官兵衛も、官兵衛なりに苦悩していたという事か。ずっと気付かぬ振りを続けていたのだと思ったが、それは半兵衛の思い過ごしだったらしい。
「このまんまじゃ、誰も幸せにならないからだよ。はまだ自分の気持ちに気付いていない。憧憬と敬慕が恋慕とごっちゃになってる」
 だけどさ、と半兵衛は指先をくるくると回した。
だってずっと子供じゃないんだ。いずれ大人の女になって、男女の情の事だって知るようになる。その時になって――――官兵衛殿はを受け入れられる?」
 この禁欲的な男が、成長した弟子を前にして素直に男の感情を晒せるとは思わなかった。それはある種、罪悪感でもあるだろう。官兵衛様、官兵衛様と兄とも父とも慕ってきた少女を、一人前の女として扱うのは、なにか背徳めいたものがある。
「もし――――官兵衛殿がと懇ろになる気がないんなら、さっさと楽にさせてあげた方がいいよ。清正でも三成でも、正則でもいい。手ごろな若武者を探して早く嫁がせるんだ」
 は悲しむかもしれない。だが、この後に起こるであろう悲劇に比べれば、その悲しみなど些細な事だ。
「もし、私が知らぬ振りをしつづけたならどうなる?」
 官兵衛ともあろうものが予測できぬ未来だとは思わなかったが、半兵衛は天啓を与えるように厳かな声で告げた。
は官兵衛殿を裏切るよ。そして殺しに来るだろうね」
「嫉妬か?」
「さあね。愛情じゃない?」
 どちらにしろ、共にはいれないだろう。いつか道を分かち、最大の障害へとなるだろう。
 官兵衛は苦悩を吐息にして吐き出すように、深く息をついた。そのようなつもりでを育てたのではない。役に立つ駒として手元に置いたのは、詰まらぬ情をかけるためではなかった。
 だが……、
「だったら早く手放せばいいのに、それも出来ないでずるずると。卑怯だよ、官兵衛殿は」
 情が移ったのかと問われれば、簡単には否定できない。だが、それが下らぬ男女の恋慕かと聞かれると、単純にそうとも言い切れぬ。
 結局は官兵衛も、未発達ののように感情がごちゃまぜになっているのだ。
「私には妻と子もいるのだが?」
 まるで子供のような言い訳に、半兵衛はくっと唇を歪めて笑った。
「正妻にしろなんて言ってないよ。側女だって妾だっていい」
「子を成したらどうする」
「子供ができない交わり方くらい、心得てるでしょう?」
「秀吉様にはなんと、」
「かんべー殿」
 半兵衛は呆れたような口調で、だが視線は鋭くさせて官兵衛を睨み付けた。
「本当はそんな事、どうだっていいくせに。俺になに遠慮してんの?」
 そういうのってすごいムカつくよ――――
 吐き捨てるように告げられた言葉に、官兵衛は観念して顔を上げた。
「卿はそれでいいのか……?」
 やっと真っ向から向けられた視線に、半兵衛は目を細める。
 官兵衛の顔を睨み付けたまま、
「嫉妬で頭がおかしくなりそうだ」
 低い声が響いた。
 相棒の軍師が弟子に懸想していると知ったのは、が顔を赤くして半兵衛様から妻にと請われました、と相談してきた時だった。官兵衛はその時、何かを諦めるつもりでお前には出来すぎた相手だ、添い遂げよと告げた。
 だがは官兵衛の命に背いた。泰平の世を見るまでは、と綺麗ごとを並べて半兵衛の手を振りほどいたのだ。
「俺が……どんな気持ちで逝くのか官兵衛殿にわかる?」
 妖しい笑みを浮かべて半兵衛が、褥の上に膝をついた。にじり寄るように官兵衛の腕に手をかけ、病人とは思えない力で爪を立てる。
「好きな子を違う男に差し出す気持ちがわかる?」
 ぎりぎりと、皮膚を切り裂いて傷を穿つ指先が、官兵衛の血で紅く染まる。
「こんな身体じゃなければ、力ずくでを奪ったのに……、官兵衛殿なんかに絶対に渡さない」
 暗く、深く、腹の奥から湧き上がるような狂気と怒りが、指先を伝って官兵衛に届いた。この男の内にこんな猛々しい感情があったのかと、官兵衛は驚愕していた。ずっと官兵衛との前では、その感情を必死に隠し続けて来たのだ。
「まあ……フラれちゃったからしょうがないんだけどね」
 半兵衛は呟くと、まるで今の感情をすべて嘘にするかのように苦笑を浮かべた。
 ごめん、痛かった? と軽い口調で尋ねると、手ぬぐいで官兵衛の傷口を塞いだ。
「さ、俺の言いたいのはこれだけ。後は官兵衛殿が決めてよ」
 半兵衛は何事も無かった様な顔をすると、ごろんと褥の上に横になった。もう寝るから帰ってと言わんばかりに、目を閉じて手の平をひらひらさせる。
 官兵衛は半兵衛の閉じた顔に向って軽く頭を下げ、無言のうちにその場を座した。
 外に出ると夜空には星が輝き始め、初夏の香りが鼻腔をくすぐった。
 まるで穏やかな世界の中で、傷口を覆う白い木綿に広がった鮮血だけが、暗い染みを作って官兵衛の心に広がった。



end


「声なき文を」に続いて、保護者以外の官兵衛夢でした。
半兵衛夢でもあるかもしれない。
半兵衛さん、本気で怒ると怖そうですね。