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 笑った顔が好きだった。
 たまに人形のように冷えた顔がするから――――その顔に温もりが広がる瞬間が好きだった。
 泣かせたくなかった。悲しませたくなかった。
 小さい頃からずっと、守りたいと願いつづけて来たもの。
 だから――――




落城





 轟々と炎が広がる音が聞こえる。
 大阪城はもう駄目だ。官兵衛の策どおり、集められた火種はことごとく潰えた。
 ここでこうしてくすぶっていられるのも、時間の問題だろう。
 己の命は大阪城と共に落ちる。だが、消える前に一太刀――――
「どけ。狩られたくなければな」
 刃を向けた先の人影が、ゆらりと揺れた。炎に照らされて紅く輝いているのに、その顔はひどく冷めて見える。
「官兵衛様の所へ行くの?」
 すっと差し出された手には、無数の刃。指の間に挟むようにして、幾枚もの飛刃が握られている。
「なんで、お前が俺の邪魔をする……」
 清正はぎりりと唇をかみ締めた。共に秀吉の下で育ってきたが、なぜ豊臣に仇なすのか理解できなかった。自分たちの育った家が燃えているというのに、なぜそんなにも冷えた顔が出来る。
「そんなにも、泰平の世ってのが大切なのか!」
 声を荒げると、視界の先でが小さく、そうだよ、と呟いた。
「私の命は泰平の世を成すためにある。だから、官兵衛様の邪魔は、させない」
 の刃を握った手が、清正に向かって放たれた。飛来する飛刀を打ち落とし、大きく踏み込んでに振りかぶる。は懐から短刀を取り出すと、その剣撃を受け止めた。
 ぎりぎりと至近距離で見詰め合うようにつばぜり合いをしながら、清正は必死に呼びかけた。
「やめろっ! お前が俺に勝てると思うのか!!」
 軍師・武将以前に、男女の力の差は歴然。の細腕では、清正の鎌を受け止めるのがやっとだ。
 力いっぱい追い込むと、の身体がよろけた。間髪いれず切りかかると、防御で刃は止めたものの、の身体が後方に跳ね飛ばされた。柱にしたたかに背中を打ちつけ、がうめき声をあげる。
 だが、痛みを感じる暇もなく、はふらつく足で立ち上がる。その額には紅い鮮血が流れ始めていた。
 瞑目した瞳をゆっくりと開き――――
「そうだね……私の力じゃ、清正にはどうあがいたって勝てない。でもね――――腕の一本くらいは、獲ってみせるよ?」
 煌々と輝く碧の瞳が、清正を捉えた。
 猫のように俊敏な動きで、が清正に襲い掛かった。的確にこちらの急所ばかりを狙ってくる刃に、清正は守りの体制を強いられる。牽制するように腕や足を狙ったが、対するは防御など忘れたように、一身にその攻撃を受けた。
「やめろっ……やめろよ。このままじゃ、俺は――――
 お前を殺してしまう……!
 清正の振りかぶった刃が、のわき腹を切り裂いた。ぐっと痛みにが顔をしかめる。
 が、その表情にふいに笑みが浮かんだかと思うと――――痛みすら忘れたとでも言うような動きで、の短刀が清正の左腕を貫いた。
「これで……おあいこっ」
 はあっと息を漏らし、がその場に膝を着いた。
 まるでそれで己の役目は果たしたとでもいうように、力果てて前のめりに突っ伏した。
っ!」
 清正はとっさに駆け寄り、その身体を抱き上げた。
 誰のものとも知れない血で、両手は真っ赤に染まっている。
「お前っ……なんでこんなことっ!!」
「だって……官兵衛様の……助けに……」
 今まさに命が果てようとしているのに、の口から出たのはまたも官兵衛の名前だった。清正はぐっとの手を握り締める。
「お前分かってるのか!? この戦が終わったら、官兵衛はお前を――――殺すつもりなんだぞ!?」
 の胡乱な瞳が、わずかに見開かれた気がした。
 そして、ふっと淡い苦笑を浮かべると、
「知ってるよ。そんなこと」
 だって私も火種だもの。乱世の火種は、消さなきゃ――――
 それが本心なのか、それとも死の間際についた嘘だったのかわからない。
 だが、は穏やかな表情で、清正を見つめると、
「ごめんね」
 と、一言。
 煌々と輝く光が失われ、石のように冷たい瞳が感情のない視線を清正に投げかけた――――



end


大阪の陣、清正シナリオでした。
『世界が終わる』が官兵衛側だったので、今度は清正視点で。
ここまで来ると、お互い引けなくなってぶつかってしまうので、
どうしても救いのない話に……