面影
花嫁の白い打ち掛けを纏って、恥ずかしそうにはにかんだその顔が忘れられなかった。
亡き母の面影を残した幼い妹は、幼いながらに己の役割を理解し、精一杯心配をかけぬようにと笑うのだった。
戦国乱世の世において、女が嫁ぐ意味を知らぬわけがない。いつ生家と嫁いだ家が敵となり、命が危うくなるかわからぬのに。家のため顔も知らぬ男に嫁がされる事に、不安を覚えぬはずがなかった。
「兄様、私の事は心配しないで」
そう言って精一杯微笑んだ妹に、官兵衛はかける言葉がない。せめて妹の祝言を祝ってやろうと心に決めた――――その矢先。
妹の乗った輿が姫路城を出てから数刻の後に、その報せは官兵衛の元へ届いた。
赤松政秀の急襲。室山城はもろくも落ち、夫となるはずだった浦上宗景と共に妹は散ったと――――
なぜ、この日だったのか。
この日、妹はすべての覚悟を抱え、それでも花嫁として皆に祝福されるはずだった。不安を抱えながらも精一杯、武家の娘の役目を果たそうと、女としての幸せを掴もうとしていたのに。
終ぞ妹は女になる事も、母になる事もなく、短き命を散らせた。
乱世を憎いとは思わぬ。これは世の理だ。
だが――――弱者であるから蹂躙されたと言うならば、己は何者にも揺るがぬ力を得たいと強く官兵衛は思った。
決して覆らぬ泰平の世を敷く力を――――
「官兵衛様! 官兵衛様!」
揺り起こされて覚醒した。
紅く暮れなずむ空を背に、が心配そうな顔で自分の顔を覗き込んでいる。
「このような場所で眠られてはお風邪を召されます」
身体を起こして初めて自分が屋敷の裏の土手で寝入ってしまったのだと気付く。これでは、まるで半兵衛と同じではないか、と我ながら呆れてしまった。
立ち上がると身体の上に幾枚もの桜の花びらが積もっており、それがふわりと舞い落ちた。
あの頃も桜の花が咲いていたと、ふと思い出す。
官兵衛が物思いに耽っているのが不思議だったのか、
「どうされたのですか、官兵衛様?」
と、が振り返った。
その顔が夢際で見た妹と重なって、官兵衛はしばし呆然との顔を見つめた。
「あ、あの、官兵衛様……?」
どこかお加減でも、と言い掛けて、ひょいと官兵衛の手で抱き上げられる。
「官兵衛様!?」
ますます混乱するを捨て置き、官兵衛はかつて妹に出来なかった抱擁を止めなかった。の身体を抱き上げたまま屋敷の方へと歩む。
の身体は細く、まるで現実味のない重さをしている。妹も、きっと羽のように軽かったに違いない。
まだ幼かったのだ。今のよりもずっと若く、世の理など与えられた情報の中でしか知らなかった。
戦う術も、軍略も何も知らない――――無力な娘だった。
「お前は……どんな男に嫁ぐのだろうな」
ぼそりと呟いた官兵衛の言葉に、は目を丸くする。
「利のある家か、力のある家か。いずれも政争の道具となるのだろう」
不満か? と尋ねると、は複雑そうな顔をした。
だが、精一杯に微笑んでそれが官兵衛様のためならば、と答える。
そんな愚かな所まで妹と同じだ。自分が一番利用し、その婚儀で利を得ようとしている事など、わかっているだろうに。
官兵衛はぽつりぽつりと、妹の事をに聞かせた。なぜ、話そうと思ったのかは分からない。今まで誰にも語る必要がないと、語らなかった妹の存在を、なぜかには話しても構わないと思った。
話を終えると、は自分の事でもあるまいに、涙をぽろぽろ流して官兵衛に縋りついた。首に両手を回し、ぎゅっと抱きつく。
「どこにも嫁ぎません。私はっ、ずっと官兵衛様のお側におります」
それを聞いたら落胆する輩も少なくはあるまい。そんな事を言えるのは、も妹と同じように幼いからだ。
だが、その言葉は官兵衛の胸に温かい何かを満たした。
この娘が真に寄り添いたいと思う男が現れるまでは、自分が盾となり守ろうと官兵衛は思った。
せめて妹の代わりに、この娘の元に幸せが訪れる事を願って――――
end
そういう過去があって非情な軍師になったとかだったらいいなぁという妄想。