微熱
苦しそうに胸を上下させて呼吸する身体。
清正は枕元に座り、じっと病床のを見つめていた。
年に何度か、こうやって高熱にうなされる事がある。普段は誰よりも明るく健やかに振舞っているが、本来は病弱で昔から身体が弱かった事を思い出す。
「清正、の具合はどう?」
襖を開いて、盆を持ったねねが姿を現した。
「変わらずです。明日いっぱいはこんな感じなんじゃないかと」
「そう……。熱が引いちゃえば、すぐに良くなるんだけどね」
額の布巾を取ると、まるで湯で濡らしたように熱かった。それを持って来たたらいの冷水でぎゅっと絞り、額の上に乗せなおす。そうすると幾分楽なのか、呼吸がわずかに和らいだように見えた。
「清正、のこと任せていい?」
「はい。おねね様は?」
「お粥でも作ってくるよ。食べないと元気にならないからね」
わかりました、と返すとねねは嬉しそうに清正の頭を撫でた。偉い子だね、といつまでも子供のような扱いに幾分閉口したが、そうされるのが少し嬉しかった。
寒気がすると思ったら、外は雪がちらちらと降り始めていた。
ずっと昔――――まだ子供だった頃にも、こんな風にの看病をすることがあった。雪の降る日で、は外の雪景色を見ながらしきりに外に出たいと駄々をこねていた……
「だーめっ! また熱がぶり返したら、どうするの!」
ねねに怒られて、はしゅんと身体を小さくさせた。
熱はもう下がったが、病み上がりで外に出るなんてとんでもないと、ねねの雷が落ちたのだった。
「つまんない……」
外で遊ぶ正則や三成が羨ましくて、はふとんをぎゅっと握り締める。
「我慢しろよ。また熱が出たら、大変だろ」
そう言って、枕元でを諌めるのが清正の役割だった。
「そうだけど……。なんで私ばっかりなんだろう」
元気な他の三人に比べ、が病床に伏す頻度は高い。もともと身体が弱いせいだが、遊び盛りの子供にそれを納得させるのは難しかった。
「私、皆より早く死んじゃうのかな……」
ふと、小さく呟いた言葉に清正ははっと息を呑んだ。
確固たる根拠があったわけではあるまい。ただ、ぼんやりと己の命が他のものより短いことを、幼いながらに察していたのだ。
それは清正も密かに恐れていることだった……
が寝込むたび、大人たちが騒ぐたび、今度こそはと肝を冷やし続けていたのだ。
一度だけ、が死んでしまったら、という話を三成や正則としたことがあった。例え話しだというのに、正則はそんなのは嫌だと泣きじゃくり、三成はぶすっと黙りこくってしまった。清正は――――どうだっただろうか。自分で言い出しておきながら、その恐怖におののいてしまったような気がする。
でも、同じように育った姉弟だからというより、もっと掛け替えのない何かを失うような喪失感だった。
それが何であるかは分からなかったが、今なら何となく分かる気がする。
「清正も行って来なよ」
外を眺めたまま、が呟いた。
「でも、俺はおねね様に――――」
「いいって。私がうまく誤魔化してあげるから。清正も外で遊びたいでしょ?」
ね? と柔らかく微笑まれ言葉を返せなくなる。
本当はの側にいたかったが、の優しさを台無しにするのも嫌だった。
「じゃあ、俺も行くけど……ちゃんと寝てろよ?」
「わかってる」
微笑んで、清正を送りだすと、はぽすっと枕に頭を預け布団に横になった。
ちらちらと降る雪を横目にみながら、
「あーぁ……私も、遊びたいなぁ」
と呟いて。
襖の隙間から冷気が漂い込んで来た。ねねが来たのかと思って振り返ると、仏頂面の三成がぴしゃりと後ろ手に襖を閉じた。そのままずかずかと床に入り込んで、枕元にどっかと腰を降ろす。なぜ一挙一動がこうまでも偉そうに見えるのか。
「また寝込んだのだそうだな」
と、三成。
「まあな。いい加減、通年行事だろう」
「ふん。どうせまた腹でも出して寝ていたのだろう。の寝相の悪さは、とても女子とは思えんからな」
まだ同じ部屋で寝起きをしていた頃、何度もに足蹴りを食らった。今となってはいい思い出――――にもなりはしないが、ほほえましい記憶ではある。
「三成、それ……」
懐から取り出した蜜柑を指差す。
「病人の部屋を訪ねるのに、手ぶらというわけには行くまい。快復したの食欲は脅威だからな」
と、いつもの憎まれ口を叩くが、これも三成なりの優しさなのだろう。
「お前、あの時も蜜柑だったよな」
枕元に並べられたそれを手に取り、清正は呟く。
「あの時?」
「ガキん時の話だよ。冬にが寝込んでさ――――」
「蜜柑?」
ころりと、畳の上に転がったそれを、はそっと拾い上げた。
「おねね様が……栄養のあるものをたくさん食べた方がいいと言っていた……」
と、消え入りそうな声で三成が呟く。
両手いっぱいに抱えたそれを、の枕元にばらばらと落とし、自分もその場所にどかりと腰を下ろす。
「剥いてやるから食え。少しはましになるだろう」
照れているのか怒ったような口ぶりが可笑しくて、はくすくすと笑っていた。
「あ、あれは、おねね様が持っていってやれと――――」
何年経っても三成の下手な照れ隠しは変わらない。今回もねねに言われたとでも言うのか。
「だ、だいたい、お前はどうだったんだ!」
「俺?」
あの時は……
そう確か、に言われて外に行った。そこで正則が雪をかいていて……
「清正ぁ〜! 三成ぃ〜!」
突如、外から呼ぶ声に清正と三成はびくりと肩を振るわせた。
障子を開けると、庭には巨大な雪だるま。その傍らに、誇らしげな顔で雪を丸める正則の姿があった。
「正則、お前何やって……!」
「何ってよ〜、が寝込んだって聞いたから、代わりに雪だるま作ってやったわけよ。これなら寝込んだままで見れるし。な、な、俺って頭よくねぇ?」
そうだった。
確かあの時も、二人で雪だるまを作った。寝たままでも見られるよう、のために……
「わぁ……雪だぁ」
突如響いた声に清正と三成は振り返った。先ほどまで寝込んでいたが、肩に羽織を着て後ろに立っていたのだ。
「。お前寝てないと……」
「大丈夫。ちょっとだけだから」
そういって、はだしのまま庭に出ようとする。流石にそれではと引き止めて、清正はの身体を抱きかかえた。
「ね、正則。私にも雪を触らせて」
「ほらよ」
正則に手渡された雪を、は嬉しそうに手の平で包んだ。きゅっと丸い形に整えると、後ろでため息をついている三成の顔に、容赦なく投げかける。
「……貴様……」
「ふふっ。清正、逃げて、逃げて!」
そうして子供に返ったように雪合戦が始まった。と言っても、三成対三人という構図で、正則が集めた雪をが丸めて、清正が逃げながらそれを投げるという図だ。そういえば、こうして四人で遊んだ事は、今まで一度もなかったのかもしれない。
と、四人雪まみれになって雪合戦に興じていると、何処からともなくねねのこらぁ! という怒号が響いた。
「あんた達、なにやってんのっっ! 早く家の中に戻りなさーい!」
ああきっと、戻ったらお説教に違いない。こんなにびしょぬれになるまでに遊んでしまったのだから。
でも、こういうのもたまにはいいと思ってしまう。
の熱が引くまでは、こうして皆が一緒にいられるのなら――――
end
現在と過去の話が交互になってます。読みづらくて申し訳ない。