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恋に落ちた日のこと





 その人は、まるで自分たちを弟のように扱った。
 たかが数ヶ月生まれが早いというだけで、半ば強引に姉を名乗り、自分たちを無条件で可愛がってくれた。
 最初はそれを照れくさくも、嬉しく感じていた。
 だが、いつの頃からだっただろう。それを苛立たしく感じるようになったのは。
 が優しい言葉をかけてくれるたび、にっこりと微笑んでくれるたび、反発心が膨れ上がり乱暴にその手を払いのけた。
 理由も分からない反抗。初めは戸惑い、悩んだ。
 好きなのに嫌いだ。が側に寄ると、苛立って、腹のあたりがむかむかする。一つ一つの動作が妙に気になって、癪にさわって、気に入らない。
 一度、そんなにつっかかって、手を上げたことがあった。その時は、間にはいった清正に逆に殴られた気がする。
 は泣いていた。泣きながら、
「三成……、私のこと嫌いになっちゃったの?」
 と聞いた。
 自分は……確か言葉に窮して、嫌いだ、と答えた。
「お前なんて嫌いだ。ずっと嫌いだ!」
 そう言い放って、その場を逃げた。の涙に耐えられなくなって、逃げ出したのだ。
 姉の振りをするも、家族ごっこに興じる周りの奴らも、みんなみんな嫌いだった。誰も血など繋がっていないのに、そうやって上辺だけ取り繕って仲良くしようとする。
 そんなのは嘘だ。まやかしだ。
 清正も正則も、誰も――――を姉だなだと思っていない。それなのに、関係を壊すのが恐ろしくて、失ってしまいたくなくて、そういう振りをしている。
 とんだ茶番だ――――
 いつの間にそこまで走って来てしまったのか、三成は神社の境内にいた。満開の桜が咲き誇り、ちらちらと花びらを散らせていた。
 しばらく呆然と桜の木を見つめていた。
 こみ上げる罪悪感と、だが自分は間違っていないという想いで、頭がおかしくなってしまいそうだ。
 瞼を閉じると、の泣き顔が蘇る。
 あんな顔をさせるつもりはなかった。
 だが、それではいつまでも上辺だけで取り繕えば良かったのだろうか。生ぬるい湯に浸るように、仲良しこよしで暮らせばいいのか。
 呆然と考えるうちに、曇天の空が割れ、雨が降り始めた。
 傘もないが、帰る気にもなれず、三成はそのまま立ち尽くした。そうしている事で、何かの罰を受けているような気もした。こんな事で、に手を上げた罪が消えるわけでもないのに――――
「三成!」
 呼ぶ声に三成は顔を上げた。今、一番聞きたくない奴の声。
 傘を差したが石段を駆け上がってくる。
「三成、探したよ。ねえ、帰ろう? このままじゃ風邪引いちゃうよ?」
 言って、三成の手を引く。三成はそれを無言で振り払った。
 の着物には泥がたくさんはねていた。ここまで走って探しに来たのか。自分を泣かせた相手のために何故ここまでするのか――――理解できない。
「どうして来た」
 三成の固い声音にはびくりと肩を振るわせた。
「俺はお前が嫌いだと言った。こんな事をされても不愉快なだけだ」
「ごめん……なさい……」
「分かったら帰れ。俺はまだここにいる」
 そうしてに背を向ける。
 だが、いつまで経っても背後からの気配はなくならなかった。
 雨音に混ざるようにして、すんすんと鼻を鳴らす音が混じる。
 また泣いているのか――――三成は怒りをたたえ、振り返った。
 うっとうしいのだよ! と言い放ってやるつもりだったが――――の双眸からぼろぼろと涙が零れるのを見、言葉は失われた。
 長い睫毛が涙に濡れて――――
「わ、たしは……三成が好き。好きだよ……」
 その言葉を、がどんな想いで告げたのか知らない。どんな好きであったかなどと、考えたくなかった。
 それでも、三成は気づいてしまった。
 苛立ちの原因。の事をどうして疎ましく思うのか。
 どうして愛おしく思うのか――――
「みつ……」
 開きかけた唇を、三成の唇が塞いだ。
 ただ、唇を押し付けるだけのそれだったが、は目を丸くして三成を見返していた。
 唇を離した後も、が不思議そうな顔をしていたので、逆に三成が赤面してしまった。
 帰るぞ! と照れ隠しに大きな声を出し、の手を引く。
「う、うん……三成、今のって……?」
「……仲直りの印だ。大人たちはそうして仲直りをするのだと聞いた」
「そうなんだ……」
 純粋なはまんまと三成の言葉に騙されてしまったようだ。
 今日の記憶はきっと過去の出来事になって、いずれ記憶の彼方に追いやられてしまうに違いない。
 だが、三成はきっと忘れることはないだろう。
 この日から、の存在が特別なものに変わったのだから。



end


三成は好きな子には意地悪しそうです。
大人になってもたぶんそれは変わらない。