泣き虫 後編
官兵衛の元にねねから呼び出しの報せが入ったのは、それからしばらくしてからの事だった。何事かと官兵衛が赴くと、なぜか土手に正座させられている子供四人とそれをがみがみと叱り付けているねねの姿が。
何でもがいつまで経っても意固地な態度を崩さないので、ついに官兵衛にお呼びがかかったらしい。確かには官兵衛を盲目的に敬愛している。その官兵衛に叱られれば、さすがに自分の行いを詫びるだろう。
「もうっ、も! 女の子が男の子と一緒になって、喧嘩なんかしちゃだめでしょ! 顔に傷なんて作って、あとが残ったらどうするの!」
「だって、正則が……」
「いい訳しない! ほらほらちゃんと謝りなさい!」
は助けを求めるような顔で、ちらりと官兵衛を見やった。だが、官兵衛はそれに応えることなく、いつもの無表情のままでを見返していた。その目が自分を非難しているようで、はぷいと顔を背ける。
「だって……、私悪くない」
呟くと、途端、ごっと鈍い音が鳴った。
虚空から伸びた鬼の手が、の頭の上にみしりとのめりこんでいた。
「うっ」
一瞬、痛みに目を潤ませる。が、涙をぐっと堪え、正則達に向き直ると、
「……ごめんね」
と、小さく呟いた。
「うんっ、偉い偉い! これで仲直り、もう喧嘩しちゃだめだからね?」
一件落着とばかりに、ねねはぽんと手を叩いて子供たちの頭を順々に撫でた。そして、正則と清正を両手に引いて――――三成にも手を差し出したが、照れくさいのか拒否された――――子供たちをつれて屋敷へと帰って行った。
取り残されたはそわそわと官兵衛を見ていたが、官兵衛が無言で手を差し出すと、嬉しそうにそれを握った。
まさかこの私が子供に好かれようとは、と官兵衛は密かに自嘲的な笑みを浮かべたのだった。
西の空が茜色の光で燃えている。それを眺めながら、二人は無言で屋敷への道を歩いた。
普段、二人でいても会話はない。官兵衛は用もなくお喋りをするような性格ではないし、もまた大人しくて黙ってしまうタチだった。
私といても詰まらなかろうと官兵衛は思ったが、はしばしば官兵衛の執務室を訪れてはそこで一人遊びをしていた。戯れに兵書を与えると、は黙々とそれを読みふけった。そしていつの間にか、官兵衛の執務室で黙って兵書を読むのが日課となっていた。
「……何故、このような騒ぎを起こした。言わせたい者には好きなように言わせておけばよかろう」
官兵衛が言うと、は困ったように顔をしかめた。はなりに官兵衛を思ったのだろうが、子供の戯言ごときで心を痛める事もない。それに顔色の悪さは事実なのだから、が傷を作ってまでかばうような事でもないのだ。
だが、はきゅっと官兵衛の手を強くにぎって顔を俯かせる。
「だって……嫌だったんです。よく知りもしないくせに、正則たちが官兵衛様を悪く言うの……」
にしてみれば、それは触れてはいけない逆鱗。大人しいがいじめっ子たちに立ち向かうほどの激動を、に与えたのだった。
「それよりも……目を使ったのか?」
官兵衛に問われ、は傍目にも分かるほどに肩を震わせて動揺した。
病弱なが素手で、同世代の男子三人に勝てるはずがない。ねねは不思議に思わなかったのかもしれないが、の碧の双眸がその力を与えていたのだ。
常世の目は物理的に遠くの物体を見通すだけが全てではない。動体視力が格段に上がり、物の本質――――どこに隙があり、どこを突けばそれば崩れるのか、それを見極める事ができる。
とにもかくにも良く視える目だ。官兵衛はに、決して人前で目を使わぬよう固く禁じていた。それは死んだはずの常世姫の存在を隠すためであると共に、常人を超える力をに使わせないためでもあった。
秀でたる能力は時に己の身をも滅ぼしかねない。結果としての立場を危うくすると、考えたためだった。
「あ、あの……ごめんなさい……」
今度は素直に、は頭を下げた。
頭上に鬼の手が具現するのを感じて、また叩かれるのではと身を固くする。
罰は罰だ。官兵衛は一瞬、先ほどのようにの頭をこつりとやろうとしたが――――
ふと、落下してきた鬼の手が虚空で止まり、ふわりとの頭を覆った。無骨で、雑ながらも前後に動くそれは、ねねがそうしたように頭を撫でていた。
「悪いと思っているなら、先の件も早く謝れば良かったのだ」
「官兵衛様……」
はぱちくりと目を瞬かせ、それから嬉しげにぎゅうと官兵衛の腕を抱きしめた。
あの一件が契機となったのか、あれからは妙な自信を持ち、いつの間にか三人の姉的存在として絶対の力を手にしていた。三人もあの一件以来、よっぽどこっぴどくどつかれたのか、こいつには逆らわないほうが身のためだと大人しく従う事にした。
今も膂力では負けるはずがないと分かっていても、のいう事はしぶしぶながらも聞いている。何かと扱いづらい三人をうまくまとめられるのも、の能力だろう。
その時、官兵衛とねねの会話を遮るように、遠くでぎゃー! と叫び声が上がった。何事かと二人がそちらを見やると、半泣きの正則が全力疾走でこちら駆けて来る。
そして、官兵衛の前でずざざぁっと地をすべるようにして正座をすると、
「すンませんでしたぁぁ!」
と盛大に頭を下げた。
まるで今話していた昔話のようだ、と呆然とする二人の前で正則は何度もぺこぺこと頭を下げる。
「ほ、ほんと、つい出来心なんです! 俺、馬鹿だから、つい『あの陰険軍師』なんて口を滑らし…ぎゃぁっ!」
正則の頬を掠めるようにして、遠くから飛来した飛刀がさくりと地面に突き刺さった。
飛んできた方を見やると、が笑みを浮かべ――――だが、背後には禍々しい空気を背負い、
「誠意が足りないよ、正則?」
と、にっこりと微笑んで歩み寄る。
「ひぃぃっ! ゆ、許してくだ…お願いだから、こ、殺さなぎゃあああ!」
さくさくっと再び飛刀が正則を襲い、正則は悶絶した。
笑顔で歩いてくるに、官兵衛はふうと人知れずため息を漏らす。
「お前は……強くなったな」
「もちろん! だって、官兵衛様のためですから!」
褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、はにっこりと満面の笑みで微笑んだ。
end
おまけ
「……半兵衛。私はの育て方を間違えたか?」
「えー、いいじゃん。俺、強い女の子って好きだし。あ、でも泣き虫なも見てみたかったなぁ。もともと繊細そうな顔してるし、すぐ泣いちゃう夕重をぎゅぅっと抱きしめて慰めてあげるのもいいなぁなんなら俺が泣き止むまで一晩中添い寝してあげても(以下、延々と妄想が続く)」
半兵衛さんの妄想止まらず。
おまけ2
「ったくよう、今日ものやつ、むちゃくちゃやりやがって。だいたい本当のことだっつーの……っくそ、本当困るよなぁ、昨日も昨日で追い回されたし、俺を追い掛け回して何が面白いんだってんだよ、ホント困るぜ」
「で、何故貴様は嬉しそうに話す」
「毎日懲りもせず、ちょっかい出してるのはどこの馬鹿だ。馬鹿」
Mに目覚めた正則。