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泣き虫 前編





 子供の泣き声が耳に届き、官兵衛はわずかに顔を上げた。
 庭先で子供が泣いている。ねねが困り顔であやしているが、子供は火が付いたように泣いて泣き止まない。
 何事かと縁側に立つと、ねねが助けを求めるような顔で官兵衛の方を向いた。
「ああ、仕事の邪魔しちゃってごめんよう。この子の凧が木の上に上がっちゃってね」
 見やると、背の高い松の木の枝に和紙の凧が引っかかっていた。ねねの忍術なら取るのもすぐだろうが、子供に張り付かれて身動きが取れないようだ。
「ああ、ほら泣かないの。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
 ねねがよしよしと頭を撫でると、子供が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
 どことなく、幼い頃のに似ている……
 あれも泣くと手がつけられなかった。体中の水分を涙で流してしまうのではと思うほど、延々と泣き続けるものだから官兵衛も手を焼いたものだ。もっとも、表情に出ないためか、官兵衛が困り果てていた事を誰も知らないかもしれないが。
 官兵衛は無言で妖気球を手に取ると、力を込めた。黒味がかった光が妖気球にこもったかと思うと、鬼の手が宙に浮かび上がり松の幹を揺さぶった。枝に絡まっていた糸が解け、凧がひらひらと舞い落ちてくる。
 ねねにへばりついていた子供がぱっと顔をあげたかと思うと、落ちてくる凧に向かって駆け出した。両手に受け止めると、まるで今まで泣いていたのが嘘のように笑顔になり、
「ありがとう!」
 と官兵衛に手を振った。そしてそのまま何処へなりと走っていってしまった。
「ふふっ、さっきまで泣いていたのに、もうあんなに元気になって。ありがとうね、官兵衛」
「別に……。あのまま泣かれては煩くてかないませんからな」
 そう言って悪ぶって見せるのが、官兵衛の精一杯の照れ隠しだと知っているねねは、再びふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「あの子の泣くところを見てたら、なんだかの小さい頃を思い出しちゃったよ。あの子も泣き虫だったからねぇ」
 と、縁側に腰を降ろし、ねねは空を仰ぎ見た。官兵衛もその隣に腰を落とし、そうでしたな、と相槌を打つ。
 今でこそ、清正、三成、正則の三人に絶対的な鬼姉っぷりを見せつけているものの、最初からそのような態度だったわけではない。むしろ後から引き取られたは、なかなか新しい家に馴染めず、独りでいる事の方が多かったように思う。
 病弱で人見知り。見かけもあのように弱々しく、大人しかったため、逆にそれがいじめられる原因となった。今思えば、それは少年たちの愛情の裏返しだったかもしれない。幼少期に見られる、好きな子をいじめたくなる心境だ。だが、本人達さえも意図しないそんな想いは、常にを泣かせる結果となった。
 だが、そんないじめられっ子の日々も、ある事件をきっかけに逆転する事となった。
「あの時はびっくりしたねぇ」
 と、ねねは嬉しそうに言う。
 土手で子供たちが殴りあいの喧嘩をしているとの報せを聞いて、ねねが駆けつけた頃には、勝敗はすでに付いていた。三人の男の子を屈服させ、一人勝ち残ったの姿を、ねねは忘れることはないだろう。
「ちょっと、あんた達なにやってんの!」
 ねねが怒鳴り声を上げると、四人がびくりと肩を震わせて振り返った。
 正則はわんわんと泣き喚き、清正と三成は声は上げなかったものの、目に大粒の涙を浮かべていたように思う。それが痛みのせいか、女の子に喧嘩で負けた悔しさのせいかはわからないが、唇をぎゅっとかみ締めた姿が印象的だった。
 対するはしゃくり上げながら半泣き状態だったが、膝をついた三人と相対するように、一人立ち上がっていた。顔を泥だらけにし、髪は引っ張られたのかぼさぼさに、膝小僧はすりむいて血が滲み、体中傷だらけという満身創痍の姿だった。
、何があったの? 黙ってないで、言いなさい」
 喧嘩の原因を聞いても、は口を開かなかった。ぎゅっと小さな手を握り締めて、何かに耐えるように唇を閉ざしていた。
「清正?」
「うっ……俺たちが……ちょっとからかったら……こいつ、いきなり殴りかかってきて……それで……」
 ねねに問われ、清正がぽつりぽつりと喧嘩の経緯を口にする。
 と、清正の言葉を遮るように、泣いていた正則が涙声で訴えた。
「ぐすっ……だって、本当の事じゃないかよー! かんべーの奴、変な顔色してるし、まるで化物じゃんか! 俺たちっ……別に悪くなんっ」
 言い終わるより早く、の足蹴りが正則を黙らせた。
 こらっ! とねねが遮るものの、は今にも噛みつかんばかりの勢いで、
「官兵衛様の悪口いうなっ!」
 と泣きながら叫び声を上げた。
 どうやら話をまとめると、正則達が官兵衛の陰口を叩いたのが現況らしい。そうすればがいつものように泣くだろうと思った正則達は、の意外な反撃に驚かせられる事となった。
 ねねははあ、とため息をつくと、
「全員、お互いに謝りなさいっ!」
 と四人を厳しく叱りつけた。



end

泣き虫ヒロインが子飼いたちの上に君臨した時のお話です。
官兵衛はいったい幾つなんだろうとか、
ヒロインとはどのくらい離れてるんだろうとかはスルーの方向で!