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!CAUTION!
この話にはキャラのイメージを損なう表現が多々あります。
変態とアホの子が登場します。
それでも許せる方のみお進みください。




















桃色同盟





「まーさーのーりぃぃぃぃ!」
 今にも超音波でも発しそうな勢いの怒号が響いたかと思うと、正則が全力疾走で駆けて行った。その表情は金ヶ崎撤退戦の豊臣軍よろしく、生死の境を必死に引き離そうとするような顔である。
 その後をが着物の裾をたくし上げて土煙を巻き上げて疾走する。
「止まりなさいっ!」
 怒号が轟いたかと思うと、の袖下から幾本もの飛刀が飛び出した。まっすぐ正則に向って飛来するそれをかわしながら、正則はただひたすらに走る。ちくちくと飛来する飛刀が服や頬や髪を掠めていくが、そんなものを気にする余裕はなかった。
 どこにそんな機動力があったのだと言うような――――まるで忍びのような機敏さで駆け抜けると、正則は屋敷の角を折れ曲がった。
「待ちなさい!」
 すぐさまがその後を追い、角を曲がった拍子に指の間に挟んだ飛刀を思い切り放った。
 と――――
「わっ。どうしたの
 半兵衛の姿がそこにあった。
 飛来する飛刀を羅針盤で一凪ぎし、打ち落とす。の渾身の一振りを事もなく打ち落とす姿は、軍師と言えど流石といわざるを得ない。出会いがしらに襲われたというのに、その顔はいつもの飄々とした表情のままだ。
「正則を見かけませんでしたか?」
 はあはあと息を切らしながら、が尋ねた。
「正則……? ううん、見てないけど」
 半兵衛の返答に、は悔しそうに親指を噛んだ。あの子……、と呟く声に剣呑な空気が混じる。
「正則がまた何かした?」
 また、と言うのは正則がを怒らせる常習犯だからである。その理由は様々だが、まるで子供のようなやり取りに、二人を取り巻く者達はまたか、と呆れるばかりだった。
 とはいえ、一方的に被害者であるにはたまったものではない。
 半兵衛の問いには言いづらそうに口ごもった。
「その……正則が、私の……」
 そこまで言いかけて、かあっと顔を赤らめると何でもありません! と言い放った。よっぽど口にするのが嫌らしい。
「とにかく! 正則を見かけたら昏倒させて木にでも縛り付けておいてください。私直々にお仕置きします!」
 がお仕置きというと、何やら官能的な響きがするのだが――――それは置いておいて、わかったよと半兵衛は承諾した。
「ありがとうございます。では、私はあちらを探して来ます」
 は一礼すると、再び飛刀を手に構え、正則を見つけるべく走っていってしまった。
 残された半兵衛はの背中を見送ってから――――
「さて、正則君。その懐に隠している物を出したまえ」
 屋敷の障子の裏に隠れた正則に向って告げた。
「な、何のことだよ」
 と、正則はうそぶくが、そのどもり声が何よりの証拠である。半兵衛はにこにこと微笑みながら、ぶんっと羅針盤を放った。
 高速回転する歯が障子をすっぱりと切り裂き、正則の姿があらわになる。正則の頭部がわずかに削れ、短い頭髪が虚空に舞った。その的確な攻撃に、思わず正則の鼻腔からずびっと鼻水が垂れる。
「俺はみたいに甘くないよ?」
 と、あどけない少年のような顔をして、半兵衛は正則を脅したのだった。





 近くの座敷に正則を正座させて吐かせた所――――正則は誰にも見せたくなかったのによう、と前置きして懐から桃色の表紙の冊子を差し出した。
「なにこれ?」
 半兵衛の問いに、正則はむすっと顔をしかめたまま、
「春画」
 と、短く答えた。
「春画〜? がっきだねぇ」
 男女の営みを実物ではなく書物で慰める青少年を馬鹿にするように、半兵衛はにやにやと笑みを作った。正則よりも若そうな顔をしているが、半兵衛はれっきとした大人であり、それなりの経験も積んでいる。
 そもそも、を追いかけ始めてから忘れがちだが、女性のように美しい顔とその顔に似合わぬ男らしさに引き寄せられる女は数多く、色恋に不自由したためしなど未だかつて無かったのだ。その半兵衛にしてみれば、わざわざ春画を買う青年の気持ちなど分かろうはずがない。
 馬鹿にしやがって、と正則は毒づく。
「後で見たいなんて言ったって見せてやんねぇからな!」
「あー、はいはい。青少年は大変だねぇ」
「くっそ。これでもんな事、言ってられんのか!」
 正則が吼えたかと思うと、指が桃色の冊子をめくりとある頁を半兵衛の前に突きつけた。
 上半身をあらわにした若い娘のしどけない姿――――
 それだけならば下らない、と半兵衛は一蹴した事だろう。
 が、その娘の表情にはどこか見覚えがある。
 伏せ目がちにして俯く頼りなさげな顔や、華奢な肩を抱く儚げな姿――――
「え、……!?」
 想い人の思いがけない姿を目にして、半兵衛は目を白黒させた。
 どうだ思い知ったか、と正則が勝ち誇った顔で笑むと、それ以上は減るとばかりに冊子を仕舞い込む。
「ちょっ、どーゆうこと!?」
 があのような本に描かれる事を了承したとは思えない。という事は、絵師が勝手にの顔を拝借して描いたと言うことか。それがどういう経緯でにその存在がばれたかはわからないが、こうして正則の手の中にある以上、それは明確な用途によって機能するのだ。
 所詮、紙に墨で書かれた絵に過ぎない――――が、未だ拝んだことのないその白い柔肌を、想像よりも現実に近い形で書き残したそれに興味を引かれないはずがなかった。
「あー、……コホン。ま、男だったらそういう本に興味を持つのは当然だよねぇ。むしろ女子の身体を知っておくのは武士として当然、みたいな?」
 と、先ほどとは打って変わって猫撫で声を上げると、半兵衛は桃色の冊子に手をかけた。
「なにすんだよ」
「ま、ま、ま。ここは一つ、仲良く拝もうじゃないか」
「んだよ、さっきはえらそーな事、言ってたくせに」
「それとこれとは話が別。いいから早く開きなって」
 ぎゅうぎゅうと二人で押し合いへし合いしながら、半兵衛の指が表紙をめくった。
 と――――めくるめく官能の世界に、二人は思わずおおっと声を上げた。
「これは……なかなか……」
「やべえ……やべえ、やべえ、やべえ!」
 さっそくぶしゅうっと鼻血を噴出す正則に、吹くならむこう向いててよね、と注意して半兵衛は頁をめくる指を早める。
 これはじゃない。じゃない――――と分かっているのに、似た風情の娘の姿態に思わず頬が火照る。
 正則はぎんぎんと目を血走らせ、半兵衛もどきどきと胸を高鳴らせながら、一心に紙面に見入った。
 と、
「何を見ていらっしゃるのです?」
 ふいに問いかけ。
 だが、春画に夢中な二人は振り返りもしない。
「もしもし?」
「煩いな。今、いいところなんだから――――むこう行っててよ」
 と、振り向かずに苛立たしげに返答してから、ふと、我に返る。
「半兵衛様まで一緒になって……そこで何を見ているのです?」
 触れただけで相手を凍傷にさせるような、絶対零度の声。
 半兵衛と正則は恐る恐る振り返った。
 そこには――――指先で飛刀を弄びながら、暗黒よりも黒い空気を纏うの姿があった。
 笑顔のまま、ずいと一歩、が踏み込んだ。
「あ、これはその、誤解だって! 正則が有害図書を持ち歩いていたから、大人として指導を、」
「何がどう指導なのです」
 氷の言葉が半兵衛を切り裂いた。
 あはは、と笑みを作るが、の黒い空気は薄れることなく、むしろさらに濃くなり――――
「二人そろってお仕置きです!」
 幾重もの包囲網となった飛刀が逃げ場がないほどに飛来し、半兵衛と正則は二人仲良く血の海に浮かぶのだった。
 そして次の日、のめくるめくお仕置きに絶叫を上げつつ、ちょっと嬉しそうな二人の姿があったとか何とか――――



end


正則と半兵衛が絡むと、どうしても下らない話にしか想像が浮かばない。