ヒロインが複数の男性と関係しています。
許せる方のみお進みください。
熱っぽい吐息が耳に吹きかかる。耳の端を舐られて、体の線をなぞるように首筋へ。ゆっくりと褥の上に横たえられて、筋肉質の広い胸が圧し掛かってきた。
ふさがれる唇。口付けもそこそこに性急な愛撫はやがて下へ下へと導かれる。
身体は熱くたかなるけれど、それに反して心は冷めていく。そういう風に己は作られているのだと、いまさらながらに思う。
私はただの人形だ。男の熱を収め無聊を慰めるだけの傀儡だ。
だから何も感じない。次、息をするまで私は人形であり続ける。
ただ、耳元で紡がれる己の名だけが、私を人間に引き戻そうとして、それがたまらなく厭だった。
真夜中の愛人
夜が明ける前に、寝所を後にした。
朝日が昇るまで男と懇ろになるつもりはない。月光の下なら嘘にできてしまう事が、白日の下に晒されると否応なく真実と認めざるを得なくなりそうで、それを恐れているのだ。
男の精を一身に受けた身体は、ひどくふらふらした。おぼつかない足取りで、音を立てないように、自室に戻る。
眠ろう。
夜明けまでもう一眠りすれば、すべて嘘のように忘れられる。
こんな夜は――――早く眠ってしまった方がいい。
は自室の襖を開き、するりと身体を中へ忍ばせた。
と、いつもの閑散とした部屋の中に、丸まる影がひとつ。
一瞬、それが何かよくわからずに、目を二三瞬かせた。
「ん、戻ったの……?」
影がふわあとあくびをして起き上がった。
ちらちらと蝋燭の明かりに照らされた顔が、眠そうに瞼をこすっている。
「こんな夜更けに――――何の御用ですか、半兵衛様」
呆れと苛立ちを混ぜ合わせたような声で言った。
半兵衛は夜更けじゃないよ、と大きく伸びをしながら返す。
「俺は夕方から持ってたんだよ。こんな時間まで帰って来なかったのはでしょ」
しくじった、とは密かに唇を噛んだ。本当は夜半すぎに抜け出して、事が帰ったらすぐに帰ってくるつもりだったのだ。それが、相手の言うままに押し倒されて、夜が更けるまで続いたものだから、帰る機を失った。
「そうでしたか。ですが、今日はもう遅いので、明日にしていただけませんか?」
出来るだけ無表情に、無感動に言うと、半兵衛は詰まらなそうな顔で眉をひそめた。
「今日は誰――――?」
ずいと顔を寄せて、問われる。
はとっさに身体をよじり、視線を反らした。
「半兵衛様には……関係ないでしょう」
「ここ、痣になってる。こんな力任せな愛撫をするってことは清正かな? それとも三成?」
は口を噤んだ。相手の名を漏らすのは、の規律に反する。それは決して相手を慮ったり、遠慮しているのではなく、ただがそれをただの行為として流すための決め事のひとつだった。
「あなたには関係ありません」
力なく返すと、半兵衛は殊のほかあっさりと、あっそ、と言って顔を離した。
「ま、俺にはが誰と懇ろになろうが関係ないけど……そういうのって普通、疑問とかわかない?」
望まれるままに身体を開き、誰とでも身体を結び合わせる。
はしたない事をしている。
そんな事はわかりきっている。だが、だったらどうすれば良かった――――?
男たちの欲望を拒み続けることが出来たのか? それとも、官兵衛に泣き付けばよかったのか?
言って――――もし、官兵衛がため息のひとつでも漏らそうものなら、はきっと己の存在意義を疑ってしまう。
所詮、女。従軍には向かぬ、と。呆れられてしまったら……?
だから――――
「官兵衛殿の傍にいるためなら、遊女の真似事もしちゃうんだ?」
揶揄するような言葉に、は強く手を握り締めた。
「じゃあ、官兵衛殿が死ねって言ったら死ぬの? 抱かせろって言われたら官兵衛殿とだって寝るの? それがどんなに空しい事か、が一番知ってるくせに――――」
「あなたに……何がわかるんですか……」
は奥歯を強くかみ締めた。これはきっと挑発だ。乗ってはいけないと理性が警告を発している。
だが、半兵衛の明かりに照らされた歪んだ顔が、を蔑む声が――――の心の奥に閉じ込めた、柔らかい何かを無遠慮に踏みにじる。
「あなたに、そんな事いう資格なんかないっ!」
は半兵衛の上に圧し掛かると、懐に隠した短刀を思い切り畳の上に突き刺した。
「あなただって、私を抱いたくせに――――!!」
呼吸が詰まって苦しくて。うす倉闇の中に、己の荒い息だけがはあはあと響き渡る。
半兵衛は頬から鮮血を流し、だがひどくまっすぐな目でを見つめていた。
「私だって、こんなこと……こんなこと……っ!」
ぽたぽたと双眸から零れ落ちる水が、半兵衛の顔を濡らした。
涙など枯れ果てたと思っていたのに、目の奥から熱い雫が溢れ出てきて。
止めることができない。
「泣きなよ」
半兵衛の指先がの涙に濡れた頬を撫でた。
「一人で泣けないなら、俺の前で泣けばいい。ちょっとくらい弱いところ見せてくれたって、いいじゃん」
これもきっと罠かもしれない。
そんな事を心のどこかで思いながらも、伸ばされた指先は温かく。
は半兵衛の手を抱きしめるように握り締めて、子供のように泣きじゃくった。
半兵衛はそんなを優しく抱き寄せ、慈しむような口付けを繰り返した。
額に、頬に、瞼に、唇に――――
何度か身体をつなぎ合わせたけれど、こんなにも感情を剥き出しにしたは初めてで。
「だいっきらい……みんな、みんな、だいっきらい……!」
胸の奥の感情を吐き出すように泣きじゃくるを、半兵衛はただただ抱きしめた。
「今日は休んじゃえば?」
目を真っ赤に腫らしたに、手鏡を渡しながら告げると、もさすがにこの顔では出れないと思ったのか、力なく頷いた。
泣いてだいぶんすっきりしたが、半兵衛に弱みを見せてしまった事に、は気分が重かった。
半兵衛が妙に上機嫌なのも気にかかる。
「私……半兵衛様に心を許したわけじゃないですから……」
と、ぼそぼそと告げると、半兵衛はきょとんと目を丸くし。
それから、子供のようにきししっと歯を見せて笑った。
「わかってるよ。は誰にも心なんて許さないんでしょ? そんなの今の生き方見てればわかるよ」
でもさ、と人差し指を鼻先に突きつけ、
「ほかの愛人よりは、ちょっとは信頼できるでしょ?」
愛人という言葉が気にかかったが、確かにこちらの事情を知っているだけ、少しは気が楽なのも事実だった。
また夜が来れば――――自分はまた誰かにこの身を委ねるのだろう。
もう拒むことを諦めてしまったから、抗うくらいなら従順な振りをしていた方が楽なのだ。
だが、しかし――――心は決してそれに染まらないのだと、その日、ぼんやりと気付かされたのだった。
「私は……誰のものにもなりません。あなたのものにもです」
固い表情のまま告げると、半兵衛はわずかに笑んだようだった。
だが何も言わずそっとの額に口付けを落とすと、
「おやすみ、。今はよく眠って」
朝日の指す方へ笑いながら去っていったのだった。
end
「月下の恋人」よりも殺伐。