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!CAUTION!
この物語は「時限廻廊」のスピンオフ作品です。
ネタバレとまではいきませんが、「時限廻廊」を読んでいないと意味不明な箇所があるかもしれません。
未読の方は、先に「時限廻廊」を読まれる事をお勧めします。







































 蕾が何色の花で咲くか、それは解のない命題と同じだ。いくつもの可能性を持つがゆえに、そのどれでもない。だから、本来であれば色の決まらない蕾は開く事はないのではないかとさえ思う。
 だが、実際には時が立てばそれは自ずと答えを導き出す。
 蕾は開き、子は生まれる。何色の花弁を開くか、男か女か、まるで初めから決まっていたようにその姿で現れるのだ。
 だが――――それは一体、どこで決まっているのかやはり明確な答えはない。
 より優秀な素質を次の代へ残そうと、種の生存本能が働いているのだとしても、それはやはり確率という曖昧なものなのだ。
 より高い確率へ答えが導かれたのだとしても、やはり決定打に欠けるのだ。それを断ずる存在がいない。
 もし、それを決める存在に名をつけるのなら――――やはり“神様”という不確かな存在になってしまうのではないか。
 その“神様”が色を決めた瞬間、蕾は花を開く。
 その時、解が与えらるのだ。
 だが、もしも――――その“神様”が消えてしまったら、色の決められていない蕾はどうなるのだろうか。
 ずっと花を咲かす事なくそのままでいるのか、それとも“神様”と一緒に消えてしまうのか。
 それだけが心配でならない。
 “神様”の消滅と共に、この世界が幕を閉じてしまうのなら――――




狂言廻廊04





 わずかに見開かれた双眸は、彼にとって十分驚愕の証である。
 冷静沈着、どんな状況であっても平静を乱さない彼にとって、驚きを表にするのは稀な事だ。
「……俄かには信じられぬ」
 そうだろう。
 こんな話を突然されて、一体どうすれば信じる事ができるだろう。
 長年連れ添い大切に育て上げてきた弟子が、実は――――私の創り出した妄想なのだと、そんな風に語られれば誰でもそう思う。
 むしろ、老人の戯言と一蹴しなかっただけ、官兵衛は真摯に元就の言葉を受け止めたのだった。
「信じられないのも無理はない。君にとって、彼女は私よりもより深い縁を持っているはずだからね」
「だが……卿の言葉通りであれば、その縁すらも卿の創作ということか……?」
「そうなるね」
 驚きの表情に、わずかに嫌悪が混じったのを元就は見逃さなかった。
 言うなれば、今まで手塩にかけて育てたのは自分であるのに、実は私が本当の親ですと横取りされたようなものなのだ。
 恣意的に世界を改変するという行為以前に、自分が最も大切にしていた領分に土足で踏み込まれたような気がしてそれが気に食わない。
 否――――元就の言葉を信じるのならば、そう思う根拠すら彼の創作なのだ。
「卿は妄想癖でもあるのか。ひと一人の存在が、個人の想像によって生み出されるなど有り得ぬ」
「ま、普通はそう思うよね」
「そもそも私が卿と会うよりも早く、あれは私に出会っているのだ。どうやって卿はその事実を知る事が出来る」
「それは、さ」
「世界を改変したと? 過去を都合の良いように塗り替えたというのか。ならば、なぜ現世において毛利は織田に勝てなかったのだ」
 元就はかりかりと頭を掻きながら、説明の仕方を間違えたと後悔した。
 いきなり自分の正体を明かすのは得策ではなかった。こんなにも官兵衛が怒るとは――――が官兵衛にとってそれだけの存在になっていたとは、思わなかったのだ。
 生みの親としてそれは嬉しい事なのだが、このままでは話が進まない。
「私が変えられるのは、に関わる事だけだよ。乱世を動かすだけの力はないさ」
「では、あれの持つ力は? あれが導いた戦の勝利はどう説明をつける」
「それは……もともと勝つはずの戦だったんだよ。勝利するという未来に変わりは無い。その過程にが加わっただけさ」
 千里眼で知り得た情報は間者を放って、滅した敵は別の武者が屠って――――の今居る場所は、もともとは別の誰かがなした行動のくぼみにある。
「……ずいぶんと都合が良いな」
「そうだね。余生短き老人には、このくらいの力しか与えられなかったって事かな」
 官兵衛の両眼がわずかに細められ、元就は密かにやれやれと肩をすくめた。
 このままでは話は平行線のままだろう。官兵衛のような性格は、己の見たものしか信じない。特にこんな荒唐無稽な話は尚更だ。
「仕方が無いね」
 元就は短く吐息を放つと、官兵衛の眼前につと指を一本突き立てて見せた。
「なんだ」
「一つ。これから私はある言葉を口にするよ」
「……に関する事か?」
「そう。それは今、この世界にとっては嘘だけれど、私が発した瞬間、真実になる」
「それを以って証明すると? もし卿の言うとおりなら、卿がそれを言葉にした瞬間、私の脳裏まで書き換えられてしまうのだろう。それが嘘か真か私にどう判断せよと言うのだ」
 椿の色を知らなければ、それは嘘にも真にもなり得るのだ。
「いいや。君はもうが本当は居ないという事を“知っている”からね。私と同じ視点で世の中が見えるようになるんじゃないかな?」
「ふん」
 官兵衛は詰まらなそうに鼻を鳴らすと、早く言えと言わんばかりに腕を組んで元就を見た。
 元就は苦笑を浮かべつつ唇を薄く開く。
 幾度目にかになる、この世界の嘘を彼は口にし――――
 そして、世界は書き換えられる。


end


官兵衛に語ったこの世の嘘とは。
次回に続きます。