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!CAUTION!
この物語は「時限廻廊」のスピンオフ作品です。
ネタバレとまではいきませんが、「時限廻廊」を読んでいないと意味不明な箇所があるかもしれません。
未読の方は、先に「時限廻廊」を読まれる事をお勧めします。







































過現回廊07





「ほら、俺の言うとおりになった」
 行灯の灯りに映し出された半兵衛の顔は、病的なほど白くどこか不吉な影を纏っていた。
 いつか見た半兵衛の病床である。
 執務室にある彼の机は恐ろしく汚く、塵やら書物やらで混沌としているのに、この部屋は中央にぽつんと布団が敷かれただけの閑散とした部屋だった。
 床の間に申し訳程度に花が飾られているが、病人の部屋であるくせに何故か椿が飾られている。枝から首ごと落ちた花が死を彷彿させて不吉だ。
「世界と言うのはね、六枚の正方形で囲まれた箱みたいなものの中にあるんだよ。そには無数の釘が刺さっていて、釘と釘の間を細い絹みたいな糸が繋いでいる。それで創られた膨大な多角形によって、世界は成り立っているんだよ」
 半兵衛は例を示すように、指先に綾取り紐をくぐらせて両手で六角形を作って見せた。
 その内の一本の指を抜くと、角が一つ取れて紐は五角形へと変わる。それは四角形、三角形、やがて線になり、最後は一本の指の上に垂れるただの綾取り紐の輪になった。
 ね? と半兵衛は清正を見た。
 清正は黙ってそれを凝視していたが、やがて言い訳するように仕方がないだろう、と返した。
「俺にはそれしか出来なかった。糸を斬る事しかできなかったんだ」
 半兵衛は俯く清正を一瞥してから、そうだねと呟いて指先に引っかかった紐をくるくると回した。
「別に俺は責めてるわけじゃない。ただ、賢いやり方じゃないなって思って」
「他に方法が?」
「ないよ。たぶん俺が清正でも、同じ事をしたと思う。官兵衛殿を、おねね様を、三成を……そして君を殺しただろうね」
 そうして世界を変えてまで、を守ろうとしただろう。
「あんた何者だ?」
 清正は指先で綾取り紐を弄ぶ半兵衛を見つめた。顔色の悪いこの軍師は、確かに清正の知る竹中半兵衛である。
 だが、この世界の事は知らない。そもそも、自分がどうなったのかも分からない。
「ここはどこだ? それになんであんたは、俺の事を知っている?」
 半兵衛はこう言った。俺の言うとおりになった、と。
 それはつまり、かつて自分が清正のやり方に苦言を呈し、そして清正が彼の予言通りついに自分との因果まで壊してしまった事を知っているのだ。
 半兵衛は病的な顔を清正に向けると、俺は俺だよ、と子供っぽい顔で笑って見せた。
「ただ、君にとっては異質かもね。俺は君の世界の因果律の外にいる。だから俺は、君の繰り返す世界の事を知っているんだ」
「……わかんねぇよ」
「ここはね、廻廊同士の交差点なんだよ」
 半兵衛はそう言って、布団から身を乗り出すと障子戸を引いて開けて見せた。
 隙間。わずかに風が流れて来るが、その向こうには何もない。ただの真っ暗な空間だ。
「こっちは俺の廻廊。の死によって、同じ時間軸を繰り返す世界」
 そして――――
 半兵衛は身体を戻すと清正の背後を指差した。
 淡い色合いの襖が二枚、ぴったりと合わさっている。
「そっちが清正の廻廊。人と人の因果を斬る事で、時間を跳躍する世界だ」
 分かった? と上目遣いに人の顔を覗き込んでくる仕草が、なんとなく癇に障った。
 確かにこいつは清正の知る半兵衛だろう。人を小馬鹿にするやり方が、彼が知っているそれと同じだ。
 だが、半兵衛が言うようにそれだけではないようだ。それとは別の世界の情報を、半兵衛は共有している。
 つまり、彼の言う別の廻廊の話である。
「あんたも……俺みたいに廻廊の中にいるのか?」
 延々と繰り返す無間地獄のようなこの世界に。
「そうだね。俺もまさか自分以外に廻廊に迷い込むなんて思わなかったけど、もしかしてこれって驚く事じゃないのかもしれない」
「どうして」
「現にここで俺と清正が会っているじゃない。だから、もしかしたらどこかで官兵衛殿の廻廊にぶつかるかもしれないし、三成の廻廊に出会うかもしれない」
 屁理屈のようにも聞こえたが、反論する必要もないため清正は黙って聞いていた。
「きっと官兵衛殿には官兵衛殿の、三成には三成の、廻廊の決まりごとがあり法則があり、それを望む理由があるんだと思う」
 俺や清正がそうであるように。
 半兵衛は付け加えて、にっと歯を見せて笑う。
「……俺が廻廊を作っているのか?」
 迷い込んだの間違いではないのか。自分が作り出したのなら、何故思い通りにならない事ばかりが起こる。
「そうでしょ。清正の廻廊――――因果を断ち斬るだっけ? それをしなければ、次の世界は生まれない。何度も何度も、何人も何人も断ち斬って、連綿と続く世界を作り上げたのは清正だよ」
「だが……、は……」
「創り上げる事が出来ても、俺たちは万能の神じゃない。俺だって……世界を否定する事で繰り返すんだ。何度も何度も、の死を目の当たりにしてね」
 半兵衛の世界では、はなぜ死ぬのだろうか。少しだけ興味が沸いたが、それを口にはしなかった。
 互いにしばらく無言になり、無音が部屋を支配する。木綿でできた行灯の灯心がジジジッと音を鳴らして、わずかに火が揺れた。
 清正は無言で立ち上がった。
「もう行くの?」
 そう聞くが、半兵衛の口ぶりから引き止めるような雰囲気は感じられない。
「ここにいても仕方がないだろ」
 所詮、障子の向こうは別の廻廊だ。自分とは異なる世界に心を配る必要もない。
「それじゃあ」
 半兵衛は布団に足を突っ込んだまま、ひらひらと手を軽く振った。
「ああ」
 頷いて、清正は踵を返すと固く閉じられた襖を開いた。
 障子の向こうと同じように、わずかに涼しい風が無明の闇から流れ込んでくる。
 落下するのではないかと恐る恐る足を伸ばしたが、思いのほか黒い床はしっかりした感触を返してきた。
 一歩、一歩とゆっくりと進む。
 振り返ると、病床の半兵衛と目があった。
「もう会う事はないと思うけど、いい結末が訪れるといいね」
 相変わらず不健康な真っ白な顔だが、わずかに笑んだ柔らかな表情に少しだけ救われた。
「ああ」
 もう一歩踏み出し再び振り返ると、すでに襖はぴったりと合わさり閉ざされていた。
 道を分かちたのだと清正は感じ取り、正面を向いて確かな足取りで一歩ずつ前へ進んだ。



end


「時限廻廊」の半兵衛でした。
次回、最終話です。