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!CAUTION!
この物語は「時限廻廊」のスピンオフ作品です。
ネタバレとまではいきませんが、「時限廻廊」を読んでいないと意味不明な箇所があるかもしれません。
未読の方は、先に「時限廻廊」を読まれる事をお勧めします。







































 ついに三成と戦を交える事になった。
 これも豊臣の家のためだ。仕方がない――――



過現回廊05





 清正が日記代わりに記し続けた書は、清正の数少ない所持品の中から見つかった。戦場にまで持って来ているという事は、この世界の自分は前の世界の自分がここへ飛んで来る事を予測していたのだろうか。
 清正は自分が認識しない時間に居た、加藤清正が何者かを知らない。
 前の世界から飛んできた自分が、自分自身の記憶まで書き換えてしまっているため、この世界で自分がどういう風に過ごして来たのか分からないのだ。
 主観的には清正は最初に飛んだ二十歳のままでいる。
 だが、この世界の自分はすでに大人になり、一人の武人として成長した姿をしていた。秀吉のいち臣下として豊臣の家を守ろうとし、身命をとして三成と戦おうとしている。
 誇りも、気概も、分別もある――――二十歳だった自分には持て余す存在だった。
 この世界に来てから、清正は再び自分がどういう法則で世界を渡るのか考えてみた。
 どうやら未来へ移動するのは、清正が世界を変えた時――――の寿命が延びた時らしい。それ以外、つまり清正が世界の改変に失敗した時は、彼は同じ世界をやり直すため過去に飛ぶ。
 だから本能寺の時は、信長との因果、光秀との因果を切った二度とも、過去へ飛ばされていたのだ。
 法則性が掴めれば状況も把握しやすい。
 本能寺の変から十数年。ねねとの因果を斬る事で、はその分の寿命を手に入れたのだ。
 だが――――清正がこの場所に飛んだという事は、またここでが死を迎える可能性が高い。
 戦場。これ以上ないほどに、死と近い場所だ。
 一刻も早くを見つけなければ……
 清正は必死にの姿を探した。
「正則。はどこにいる? この戦には出ていないのか?」
 この世界のは、すでに軍師でもくのいちでもない。であれば、戦場にいる可能性も少ないだろう。
 だが、尋ねられた正則は変な顔をして清正を見やった。
「お前、熱あんのか?」
 と、清正の額に手を添える。
「よせ。俺は真面目だ」
「真面目にジョーダン言ってるって事か? ってあののことだろ? なんであんな裏切り者の話なんか……」
「裏切り者?」
 ひやりとした。
 そうだ。前の世界で清正はねねとの因果を壊したのだ。はもはや“うちの子”ではない。家族ではないのだ。
「秀吉様に目ぇかけてもらったくせに、三成なんかに付きやがってよ。マジで許せねぇ! 女だろうが俺がぶっ潰す」
 正則は憤然として吼えた。
 その後の正則の的を射ない説明によれば、は美濃の一武家の娘として育ったらしい。“うちの子”ではなくなったは、子飼いたちと一緒にねねに育てられる事はなかったのだ。
 そして、成人した家を率いて秀吉に従属。臣下の形を取っていたが、秀吉の死後、後継者として有力であった三成に与し、此度の戦で西軍に付く事になったのだ。
 正則が言うにはは計算高く、西軍が勝利したあかつきにはそれなりの見返りを得る約束で、戦に参加したのだそうだ。
 にわかには信じがたい。
 あのが、信条も誇りもなく目先の利益だけで動くだろうか。
 だが、この世界での彼女は秀吉の子飼いだったわけでも、官兵衛の弟子でもなく、家の当主として存在している。当主ならば、家を守る事を第一と考えてもおかしくない。
 日記にわずかに綴られた己の武人としての心情を読み解き、清正は家名を背負う者のしたたかさを感じていた。
「それで……戦場にいるんだな? その、は」
 の本名を呼ぶ事にわずかに抵抗を感じた。
 正則は未だ憤然とした様子でたりめぇだろ! と声を上げると、丸めた拳をぱしぱしと自分の手の平に叩き付けた。
 まずい――――
 戦場、しかも敵陣にいるをどうやって救えばいいのか、検討が付かない。
 説得する? ……無理だ。敵である清正の言葉に耳を傾けてもらえるはずがない。
 攫うか……? どうやって。武装して軍を率いているというのに。
 それに――――仮に戦場から退かせる事が出来ても、はきっと別の理由で死んでしまう。を戦場へ駆り立てた誰かとの因果を斬らなければ、死を回避できない。
 誰かとの……因果――――
 咄嗟に清正の脳裏に、かつての友人の顔が蘇った。
 生意気そうで無愛想な仏頂面。口やかましく、わざわざ人の神経を逆撫でする事ばかり言う奴だったが、賢く冷静で誰よりも秀吉の事を尊敬していた。そして、誰よりも豊臣の家の事を想っていたに違いなかった。
 友だった……
 その彼との因果を、斬る。
 斬らなければ――――が死ぬ。
 破裂しそうなほどに早く打つ鼓動を、清正は押さえ込むように胸に手をやった。
 やるしかない。もう、後戻りなど出来ない。
 すでに幾つの因果を斬った。一体、何人の人間を犠牲にした。
 ならば、する事は唯一つ――――
「俺は、三成を……」





「三成!!」
 悲鳴にも似た金切り声が戦場に響く。
 は交戦していた敵兵を蹴散らすと、崩れ落ちた三成の身体に縋りついた。
「三成!? 三成!?」
 自分の手が汚れる事も厭わず、三成の血塗れの手を取り両手で握り締める。
 その様は――――と三成がただの利害関係、家名によってのみ縛られた関係であるようには見えなかった。
 武人同士のそれとも違う。ただの仲間と呼ぶより更に深い場所にいる。
 そうだ――――
 きっとこの世界では、恋人同士だったのだろう。
「いや……嘘だよね? ……そんな、だって……」
 だが、三成がそれに答える事はなかった。薄く開いた唇からこぽりと血を吐き出して、わずかに開いた瞳が虚空を彷徨っている。
 終わりだ。
 助からない。
 そうなるようにやったのだから。
 今まさに、清正が――――彼の因果を斬り裂いたのだから。
 三成の血塗れの指先が、の両手をすり抜け震えながら伸ばされる。
 何かに触れようとしたそれは清正に向けられ、
「きよ……ま、……を、……た……」
 そこで言葉は途切れた。
 ぱたり、と地面に落ちた指と共に、三成の命は潰えた。
 頼むと言いたかったのか、助けてくれと懇願したのか分からない。
 清正はただ、三成の返り血を浴びたまま呆然との背を見つめていた。
 三成の屍の前でうな垂れたが、静かに立ち上がる。
「加藤清正」
 名を呼ばれる。
「絶対に赦さない。赦さない……赦さない……赦さない赦さない赦さない! お前は絶対に私が――――っ!」
 振り向きざまに振りかぶったの剣先が、清正の身体を目掛けて振り落とされた。
 清正は唯、呆然とそれを眺め――――

 そして再び、別の世界を巡る。



end


関が原の時、清正って●才じゃないっけ? という突っ込みはなしの方向で…
ますます救われない話になってきましたね。
今まで語らなかった因果の斬り方……勘の良い方なら気づかれたかもしれません。
次回へ続きます。