Text

!CAUTION!
この物語は「時限廻廊」のスピンオフ作品です。
ネタバレとまではいきませんが、「時限廻廊」を読んでいないと意味不明な箇所があるかもしれません。
未読の方は、先に「時限廻廊」を読まれる事をお勧めします。







































過現回廊04





「おねね様」
 声をかけると涙で腫れた両眼が、なあに? と清正を見た。かがり火の灯りを受けて、目元の赤みがさらに極まって見える。
はどうして……くのいちになったんですか」
 聞いた事がなかった。
 清正が知っているのは官兵衛に憧れて軍師になった
 だが、この世界ではそれは書き換えられ、女忍者として働いていたのだ。
 ねねは視線を目の前の――――茣蓙で覆った膨らみに戻した。その隙間から伸びた白い手に自分の両手を重ね合わせて、まるで暖めてやるように先ほどから擦っている。そんな事で、失われた体温が戻るはずがないと知りながら。
「清正は忘れちゃった……? あの子ね、初めは武将になるなんて言っていたのよ」
 そうなのか。この世界では文を捨てた代わりに、武に偏ったと言う事か。
「でも、昔から身体が弱かったでしょう? それに小さい頃はよく清正たちと剣の稽古をしていたけど、その内きっと男の子には適わないんだって気づいちゃったのね。自分はみんなみたいになれないんだって、すごく落ち込んでいたんだよ」
 だからね――――
 ねねの唇がふと止まった。
 まるで在りし日の光景を思い出すように、呆然と虚空を見つめる。
 その開いた瞳から見る見るうちに涙が溢れ出て、ぽたりとの冷たくなった手の甲に落ちた。
「あたしが……っ、じゃあ、くのいちになる? って……言って……それで……は……」
 無口な身体となって今、そこに横たわる。
「おねね様、違います!」
 それは違う。いくら清正が知らない過去であったとしても、ねねはを想って声をかけたのだ。もねねの役に立ちたいと思ったから、忍びの道を歩み続けたのだろう。
 だが、ねねは違わない! と金切り声を上げて、激しくかぶりを振った。
「あの子が身体が弱いのを知ってたのに! 実戦には向かないから、任務に就けるのは危ないって分かってたのに……でも、あたしはおねね様、おねね様って慕ってくれるのが嬉しくって……!」
 ああ、あ、あああ、あああ――――
 嗚咽にも似た慟哭が開かれた唇から延々と伸びる。
「ごめんね……、ごめんね。痛かったよね? 怖かったよね? ごめんね、ごめんね、ごめんね……あたしが代われるなら、何度だって代わりに撃たれるのに……」
 ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね……
 繰り返されるすすり泣きに混じった声を、清正は苦渋に満ちた表情で聞いていた。
 なぜ――――こんな事になってしまったのだろう。自分が官兵衛との因果を斬ったせいか。半兵衛と共に潰える未来を変えたせいか。
 いや、まだだ。この死も回避できる。自分にはその力がある。人と人を結ぶえにしを、それによって生まれる因果を全てなかった事に出来るのだ。
 だが、そのためには――――
「おねね様……。おねね様にとって、俺たちは何者ですか?」
 鼻をすんすんと啜り上げながら、ねねの涙で濡れた目が清正を見た。
「みんな……うちの子だよぉ……あたしと、あの人の、大切な……」
「我が子ですか……?」
「そうだよ……。お乳を上げて育ててなくても……大切なあたしの子……。我が子のためなら……命だって惜しくないよ」
 そう言って、涙でぐしゃぐしゃになった顔で微笑んで見せたねねの顔を、清正は忘れる事はないだろう。
「おねね様、すみません」
 清正は呟くように告げると、ねねの前に膝を付き、地面に両手を付いて頭を下げた。
 鼻先がぶつかりそうなほどの距離で地面を睨みつけたまま、
「俺は……を救います」
「え……?」
を殺す世界を壊します。あなたとの思い出を奪って、俺たちの家との絆を失くして、“うちの子”じゃなくします。他人にします」
 それで死を回避できるはずなのだ。
 ねねとの因果を失い、くのいちにならず、この場に存在しなければ――――きっと。
「すみません」
 清正はこれまでの死をめぐって自分が世界を渡り歩いていた事をねねに説明し、もう一度深く頭を下げた。
 ねねはぱちり、と瞬きを繰り返していたが、
「いいよ、清正……」
 温かな手の平が清正の髪を撫でた。
「よく分からないけど、それでが救えるの? だったら……あたしはいいよ」
「でも、おねね様はっ!」
「言ったでしょ? あたしはみんなのお母さんだもん。お母さんはね、我が子のためなら命だって惜しくないの」
 微笑んだねねが、清正の頬を伝う涙をゆっくりと拭い去った。
「おねね様……」
 清正が再び名を呼ぶと、ねねはにっこり微笑んだ。
 茣蓙をそっとめくり上げ、の紙のように白い顔を眺めると――――
「今度は……親より先に死んじゃだめなんだからね?」





「……さ、……まさ、……きよまさ!」
 揺さぶり起こされて清正ははっと顔を上げた。
 目の前には見慣れた男――――福島正則の顔がある。
「戦の真っ只中で寝こけるなんて、さっすが清正だなぁ」
 と、笑っているが、その顔はどこか老いているように見えた。
 ここはどこだ。今度は何時に飛んだのだろう。
 いつもの屋敷ではない。屋敷ならば、あの日記が大まかな時間の流れを教えてくれると言うのに。
 見たところどこかの陣幕らしいが、何の戦なのか分からない。周りにいる見知った顔は正則だけだ。
「正則。ここはどこだ? 俺は何をしている?」
「おい、どうしたんだよ〜」
 忙しなくあたりを見渡す清正を、正則は怪訝そうな表情で見つめる。
「いいから、質問に答えろ」
「どこって……関が原だろ。戦だよ、戦」
「戦……?」
 誰と? と聞きかけて、清正はふと奇妙な違和感を覚えた。あたりに張り巡らされた陣幕の模様を睨みつけ、
「おい……なんで、俺たちは徳川の陣幕にいる?」
 尋ねると、正則は寝ぼけてんのか、と呆れたような表情を作った。まあ、俺もあの狸親父はあんま好きじゃねぇけどなぁ、と前置きして、
「そりゃ俺たち、ガチの喧嘩の真っ最中だからな。俺たちと三成の天下を分ける大喧嘩だ!」



end


ねねとの因果を壊し、次に清正が訪れたのは関が原。
この世界のヒロインは……次回に続きます。