この物語は「時限廻廊」のスピンオフ作品です。
ネタバレとまではいきませんが、「時限廻廊」を読んでいないと意味不明な箇所があるかもしれません。
未読の方は、先に「時限廻廊」を読まれる事をお勧めします。
すべての出来事に結びつく因果の糸によって世界が形作られているならば、その糸を切ってしまえばこの世界は形を変える。
複雑に絡まった無数の糸の中から、その一本を探し出すのはひどく困難だろう。その上、一本一本の糸がなし得る変化など微々たるものでしかないのだ。
それでも、一つ一つ丁寧に、世界を形作るそれを切り裂いていく。
もしかしたら違う糸を間違えて切ってしまうかもしれない。
糸を切ることで事態は今よりも、さらに悪くなるのかもしれない。
それによって大勢の人の運命が変わってしまうかもしれないし、新しい世界が人々の望む姿ではないかもしれない。
だが、それが唯一世界を変える術であるならば、自分は迷わず糸を切り続けるだろう。
ぷつり、ぷつりと。
世界が緩やかに変わっていく様を、眺めながら――――かざした鎌の切っ先で、彼は世界を壊していく。
過現廻廊
「はね、きっと死んでしまうよ」
病床の青白い顔が虚空をぼんやりと見上げたまま、独り言のように言った。
傍らに座した清正は、その言葉を苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。
「俺は預言者でも何でもないけれど、なんとなく分かるんだ。死に際の人間だからかな。隠そうとしてるけど、身体がだいぶ良くない」
あぐらを組んだ自分の足の裏を見つめたまま、清正は唇を噛み締める。歯がゆさと悔しさで頭がおかしくなりそうだ。
「どうして」
言葉少なに尋ねると、半兵衛は丸い目を枕の上から向けた。
「千里眼の使いすぎ。あれは命を削るんだよ。その寿命がそろそろ尽きようとしている」
まるでの命を灯した蝋燭を、実際に見てきたような口ぶりだ。
本人が言うように彼は預言者ではない。だが、それは確定した未来なのだろう。何故か清正はそれを否定する気にはなれなかった。
どうして、と落胆を込めて再び繰り返すと、半兵衛は褥の中から指先を出してそれをくるくると虚空で回した。
「当然だよ。死の因果は簡単に逃れたり出来ないんだ。単純に原因を取り除いたって、別の理由では世界に殺されてしまう」
今までと同じように――――
半兵衛の目がすっと細められて清正を見た。まるで咎めるような視線に、清正は表情を険しくさせる。
「……だったら、黙って死ぬのを見届けろっていうのか」
「でも、俺は救わないじゃない。俺は死ぬよ? きっとよりも早く。病でね」
清正はハッと息を呑んで、半兵衛の病的な白い顔を見返した。
一瞬浮かんだ清正の罪悪感に満足したのか、半兵衛はすぐさま顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。ま、いいんだけどさ、と自分の死さえも軽々しく流す。
「こんな乱世で全員救ってたらきりがないよ。それに、人はいずれ何処かで死ぬんだ。早いか遅いかってだけで、魂の総数はあの世もこの世も変わらないんだろうね」
死を覚悟しただけあって、半兵衛の物言いは達観していた。すまない、と清正が小さく呟くと、半兵衛はけらけらと笑って見せる。
「すまないって言うなら、前の世界での事を謝って欲しいな。君の話だと、清正は俺との因果の糸を切っちゃったんでしょ? 酷いことするなぁ。せっかく両想いだったのに」
前の世界とは、清正がとある因果の糸を切る前の世界の事だ。
半兵衛にその世界の記憶はなく、清正の口から聞いただけに過ぎないが、その世界ではと半兵衛は恋人だったらしい。だが、それ故には死んでしまったのだそうだ。だから、清正は彼らの因果を断ち切った。
「おかげでこの世界じゃ、俺は独りぼっち。は振り向いてくれないし、見舞いに来るのも君みたいないかつい子だけだよ」
ほんと残酷な事をする――――半兵衛は目を細めて深いため息をついた。
もっとも、それは半兵衛にとっては起こりえなかった未来の話である。そもそも二人が恋仲になったのも、前々回の世界で清正が別の因果の糸を切ったからに他ならない。
言うなればただの偶然。だからこそ、別の世界の物語として、聞き流すことが出来るのだが。
「千里眼を酷使したのは……が軍師だからか?」
低い声で、清正は尋ねた。
半兵衛は顔に浮かんでいた笑みを、すっと引っ込めて、そうだね、と短く返す。
「が軍師になったのは、官兵衛に憧れたからだ。泰平の世のために、力になりたいと思ったからだ」
独り言のように清正は言葉を続ける。
「だから……その糸を斬れば、は死なないんだな?」
半兵衛は返答の代わりに、深いため息を漏らした。
それを肯定と受け取って、清正はわかったと小さく呟き、立ち上がる。
病人に見舞いの言葉すら向けずに去っていこうとする背中に、半兵衛はなかば呆れながら声をかけた。
「ねえ、分かってると思うけど、これってすごく危険な事なんだよ?」
清正は振り返らない。
「今度は官兵衛殿との因果の糸を斬るんでしょう? 俺みたいに、を他人にしちゃうんだ」
分かってるの? ともう一度繰り返して、
「は少なくとも千里眼の酷使で死なないかもしれない。でも、別の死因に変わるだけだ。そうやってどんどん世界を変えて、色んな人との縁を切ってしまって――――」
スパンと乱暴に障子を開いて、清正は半兵衛の言葉を遮った。
だが、半兵衛は顔をしかめて、その言葉を繰り返す。
「いつか清正自身が、と別れなければいけなくなるよ?」
振り返った清正の顔は紙のように白く、青ざめていた。
だが、唇を噛み締めてじっと半兵衛を見つめるその顔には、十分すぎる覚悟が満ちていて、半兵衛は苛立たしさに舌打ちしたくなる。
「ぜんっぜん賢くないよ……こんなやり方」
静かに呟いた半兵衛に、清正は答える。
「俺は……の世界を守るだけだ」
end
今回は清正の繰り返す世界の物語です。
清正は因果を切る事で、世界をやり直しています。
官兵衛の何も変わらない世界とは間逆の、変わり続ける世界。
果たして清正の行き着く先は……次回へ続きます。