Text

時限廻廊15





 屋根の上に立つと上空は思いのほか風が強く、羽織の裾がばさりと靡いた。
 秀吉の屋敷は丘陵地に建てられており、屋根の上に上ると領内がよく見渡せるのだ。米粒のような小さな人々が田を耕したり、商いをしたり、彼らの生活がそこに広がっている。
 そこは半兵衛のお気に入りの昼寝場だった。
 長い間ここに来るのを忘れていたが、ようやく今日思い出し足を向けたのだった。
 あの日、官兵衛に告げられた暗殺計画を、半兵衛はなかなか信じる事が出来なかった。
 この世界では官兵衛が半兵衛を始末しに来るのか、それともの暗殺計画を悟らせないための嘘なのかと色々と疑ったが――――三日目に官兵衛がを殺める事はなかった。
 そして何事も無かったように四日目が訪れ、その日呆気ないほどにあっさりと、半兵衛の命を狙っていたという刺客が捕まった。
「俺を狙った暗殺って、本当だったんだ……」
 呟いた半兵衛に、官兵衛は呆れたような顔を向けた。
 卿はどこまで呑気なのだと悪態を付いたが、その言葉や表情に嘘は含まれて居なかった。
 それでも信じきれず予知や世界を繰り返す力について話してみたが、卿は空想癖があるのかと笑われた。
「何人たりとも先の事は分からぬし、やり直しも利かぬ。当然の事であろう」
 それは真実。
 そうでなければいけないのだと――――ようやく今になって、半兵衛は思う事が出来る。
 かんかんかん、と金属を鳴らす音が響いたかと思うと、庭先に立てかけた梯子を上ってが屋根の上に姿を現した。
 何となく不機嫌そうな顔をしている。どうやら仕事をしろと言いに来たらしい。
「またこんな所でサボって……」
 今すぐにでも文句の飛び出しそうなの唇に、半兵衛は指先を押し付けてそれを制した。
「ねえ、こんなこと言ったら、君は信じないかもしれないけど」
 怪訝そうな顔をしているに柔らかな笑みを向けて。
「俺がを好きになるのは、運命なんだよ」
 は驚いたように長い睫毛をぱしぱしと瞬かせる。
 思わず笑みが零れた。
 この世界のに運命や未来と言った言葉を告げても、きっと分かりはしないだろう。あの繰り返した世界は、の中では“なかったこと”になってしまったのだ。
 結局、世界がどのように変わったのか半兵衛には分からない。
 そもそも全てが悪い夢だったようにも思うし、その反面まごう事なき現実のようにも思える。
 だが、少なくとも半兵衛にはそれは忘れられない記憶となり、胸に深く刻みつけられた過去なのだ。
 何度もを失い、その度に絶望を味わった。時にを傷つけ、悲しませた。心が壊れそうになった事も、官兵衛を深く憎んだ事もある。
 そしてくり返される時の呪縛から逃れるために、の代わりとなる誰かを――――貶めた。
 今の半兵衛にその記憶はない。だが、きっと自分は――――のために誰かを犠牲にしたのだ。
 策を弄し、謀反を煽り、きっとその人物は――――の代わりに信長を討ったのだ。
 だから世界は変わったのだと、半兵衛は信じている。どんな未来がこの先に続いているかは分からないが、何があろうと自分は甘んじてそれを受けようと決意した。
 もう半兵衛には、世界をやり直す力はないのだから。
「運命って、」
「どんな世界でも、どんな未来でも、俺はを好きになるって言うこと」
 そうでなければ、因果が成り立たない。
 半兵衛がを愛していなければ、そもそも時限廻廊は生まれなかった。
 そして、同じようにが半兵衛を――――己の命を犠牲にしてまで死を厭うほどに愛してなければ、世界は繋がらなかった。
 だから、君が俺を好きになるのもきっと運命。
 そう告げたら、はどんな顔をするだろう。
 なんだか愛の告白に運命って使うと、陳腐な言葉に聞こえちゃうけどね――――
 そんな事を独り思いながら、半兵衛は柔らかな笑みを浮かべてその言葉を告げたのだった。



end


言わずと知れたヒロインの代わりに信長を討つのは光秀さんです。
よく本能寺の変は秀吉の陰謀とか聞きますが、
それを進言したのが半兵衛だったらちょっと萌える。
大々的な歴史改変、失礼いたしました。
これにて「時限廻廊」完結です!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。