時限廻廊14
朝。庭先で一番どりが声を上げて――――
半兵衛ははっと目覚める。
ここは、この世界は――――
自分は世界をやり直す事に成功したのだろうか。それともまだ、時限廻廊の中をさ迷っているのだろうか。
わずかに開いた障子の間から陽光に差して、それが顔のちょうど目の辺りに当たった。
障子の向こうに人の気配を感じたかと思うと、すっとそれが開かれてが顔を覗かせた。
「あれ、起きていらしたのですか?」
半兵衛が自主的に起きている事に驚いたのだろう。意外そうに目を丸めている。
半兵衛の主観ではついさっき――――前の世界でも顔を合わせたというのに、どこかその顔が懐かしく感じられた。
まるで何年も長い間、会っていないような。
「今日は雨でも、」
言いかけたの言葉を遮るように、半兵衛は腕を伸ばしての身体を抱きしめた。
「は、半兵衛様……!?」
腕の中で目を丸くしている。それを無視して、半兵衛はの存在を確かめるように、きつくその身体を抱きしめる。
「ねえ……俺は、君を救えた? それとも、また君に辛い思いをさせてしまったの?」
「え、あの……?」
問うても今のには答えられまい。
仮にこの世界が繰り返していても、別の世界だとしても、今現在のに繰り返しの意識は存在しないのだ。
確かめるには――――官兵衛に会わなければ。
半兵衛は祈るような気持ちでの身体をもう一度強く抱きしめると、戸惑うの手を引いて執務室へと向った。
「暗殺?」
そうおうむ返しに問うたの言葉を耳にし、半兵衛は胸の奥がすっと冷めていくような感覚が得た。
その言葉は繰り返してきた幾つもの世界で、半兵衛が幾度となく耳にして来た言葉だ。
今までの世界では朝餉の後、三人が執務室に揃った時点で聞かされていた。だが今回は半兵衛がを無理やり連れて来たために、会話の瞬間がずれたのだろう。
それ自体は大きな問題は無い。
むしろ、この話題が今まで通りなされた事に半兵衛は恐怖した。
「忍びの手の者から報告があった」
と、官兵衛が淡々と説明を続ける。
これでは――――何も変わらない。
官兵衛が刺客となってを襲う。の代わりに半兵衛が死ぬ。それを恐れてが自ら命を絶つ。その死を――――再び半兵衛は見つめ、世界は無限に続いて行く。
失敗した。
半兵衛は愕然とした。
自分は、何ひとつ変えられなかったのだ。
未来を、運命を、世界を変えることも、この同じ日々を繰り返す残酷な時限廻廊から抜け出す事も、出来なかった。
を、救えなかった。
殺してしまった。
殺させてしまった。
死に続ける運命に従順に従う彼女を、救う事ができなかった……
足元が崩れ落ちて行くような浮遊感に、平衡感覚を失う。
官兵衛が暗殺の件について何か言っているが――――まるで耳に届かない。
どうせそれは嘘なのだ。を暗殺するための、狂言なのだ。
知っているのに、この先に起こる事を唯一半兵衛だけが記憶しているのに――――救えない。
「半兵衛。聞いているのか?」
呆然と目を見開いたまま反応のない半兵衛に、官兵衛が声をかけた。
のろのろと顔を上げる。官兵衛は咎めるような顔をしているが、その場を取り繕う事すら半兵衛には出来なかった。
もこんな気分だったのだろうか。
世界中から見放されたような絶望。何度も半兵衛の死を見つめ続け、それに打ちのめされ続け。
ふと半兵衛の脳裏に黒い考えがよぎる。
対象者の存在が未来を確定する要因ならば、運命はその人物の死によって捻じ曲げる事ができる――――
つまり、もし、ここで、半兵衛が、官兵衛を、殺めたら……?
最終的な未来は変わらないかもしれない。が信長を殺め、その罪では処断される。
其の未来を回避することは出来ないかもしれない。
だが、少なくともこの三日間ではは死なない。
あと何ヶ月なのか何年なのかは分からないが、運命を履行する日まで生き続ける事ができる。
……そんな考えは間違っている。官兵衛を殺めた半兵衛を、が赦す筈が無い。
そう分かっているはずなのに、その悪魔の囁きを半兵衛は無視できない。
誰かの死を以ってしてしか、運命を変えられないと言うのなら――――自分は、何者を犠牲にしてもを助けたいと。
そう願ってしまうのだ。
半兵衛は今にも泣き出しそうなほどに顔を歪め、ゆっくりと身体を起こし――――
「聞いているのか、半兵衛。命を狙われているのは卿なのだぞ」
未だ放心状態の半兵衛に、官兵衛は呆れたような顔で声をかけた。
その言葉に、半兵衛は一瞬、思考を停止させ――――
「え……?」
見開いた両眼で、官兵衛との顔を見やった。
は真剣な眼差しで半兵衛を見つめると、力強く半兵衛の両手を握り締めた。
そして、
「ご安心ください。半兵衛様はきっと私がお守りします!」
end
自分が暗殺の対象であることに、驚愕する半兵衛。
次回、最終話です。