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時限廻廊13





 計画を知らされた時、は顔を蒼白にさせて拒んだ。
 信長は主である秀吉の、さらに主。
 そんな人間をそもそも自分が殺める事すら、想像が付かないのだ。
 半兵衛が提案したように、自分がそんな愚行を犯さなければいいとは言ったが、官兵衛に論破されたように、今の意識を保てるか分からないと言われると、悲しそうにうな垂れた。
「でも、この方法ならたぶん未来は変わると思う。が俺の死を因果から放ったように、対象者の存在が未来を確定する要因なら、少なくともによって信長が殺される未来は防げる」
「でも……」
 は不安げだった。
 では、代わりに誰が信長を殺すと言うのだろう。
 半兵衛や官兵衛では駄目だ。
 半兵衛の推測では、乱世が激化したのはが信長の暗殺を実行した事よりも、秀吉がその罪の累を受けた事の方が大きいように思う。秀吉が後継者候補から抜けた事により、信長配下の均衡が崩れたのだ。
 つまり、同じように秀吉の立場を危うくしかねない、秀吉配下の半兵衛や官兵衛ではその任は適さないのだ。
 別の――――全く異なる人間でなければならない。
 はなかなか頷かなかった。
 そもそも未来を変えるために、信長の命を奪う事は間違っていないのか。の代わりに信長を殺める人物は、どうなってしまうのか。
 それに突き詰めてしまえば、仮に別の人間に信長を殺させたとして、果たしてその未来には泰平の世が待ち受けているのだろうか。
 だが、それは言い出したらきりが無い事だ。
 少なくとも得られる情報の少ない今、これはやはり賭けでしかないのだ。
 それらの葛藤を受け入れなければ、この無間地獄から解放される道は開けない。
 そもそも本来であれば、未来の事など誰も知りようがなく、時間をやり直す事など何者も出来ないはずなのだから。
「……わかりました」
 数時間の説得の末、ようやくは半兵衛の策に同意した。
 それはつまり、 半兵衛の死に悲嘆して自ら死を選ぶ――――その運命を“履行しない”という、約束を意味していた。
 官兵衛もすでに策に同意し、現時点ではを“殺さない”と約束してくれた。
 官兵衛が刺客とならないのなら、半兵衛がをかばって死ぬ事はなく、そしてそれを嘆いてが自ら命を捨てる事はない。の死を目の当たりにしなければ、半兵衛もこの世界をやり直す事はない。
 二人の死によって無限に続いていた時限廻廊から、ようやく半兵衛とは抜ける事が出来るのだ。
 半兵衛は一瞬微笑を浮かべかけたが、すぐに顔を曇らせた。
「ただ、これだけは承知して。この計画には条件がある。官兵衛殿にもらえた猶予は、そんなに長くないんだ。もし、その期限までに俺が計画を成功させられなかったら……」
「はい」
 はすべて心得たという様に頷いた。
「私の命で戦火を食い止められるなら、安いものです」
 計画が失敗したら、半兵衛は官兵衛の暗殺を邪魔しない。それが条件だった。
 そうしなければ日の本が戦火に沈む。その前に手を打つと官兵衛は言った。
「ごめん……」
 その時は、俺も一緒に逝くから――――
 その言葉を胸中で呟いて、半兵衛はすっと視線を襖の向こうに放った。
 待ち構えたように襖が開かれ、官兵衛が姿を現す。
 は反射的に身構えた。
 この時限廻廊に陥ってから、刺客としての官兵衛しか知らない。何度も半兵衛の命を奪った恐ろしい死神なのだ。
 だが、官兵衛はの前に膝を付けると、すまなかった、と小さな声で詫びた。
「半兵衛の話では、私がお前を時限廻廊に追いつめたらしい。私に記憶はないが……、泰平のためとはいえ、辛い思いをさせた」
 まさかそんな言葉をかけられるとは思わず、は大きく目を見開き――――涙を零した。
 こんな風に優しい声をかけてくれるのは、一体いつぶりだろう。
 あの秒針が、姿の見えない時計の音が鳴り始めてから、ずっと自分は官兵衛の恐ろしい顔しか見ていない。
 もはや記憶の中にしかない、大好きだった人との再会にはただ涙を零した。
「それじゃあ、仲直りした所で二人とも文を書いて。未来の俺に宛てて、頑張れって」
「文を?」
「だってさ、四日目なんて初めて迎えるから、ちょっと怖いんだよね。俺がちゃんと使命を忘れずに、頑張れるように」
 計画はすべて自分の文にしたためてある。もし明日、半兵衛が全て忘れ、この繰り返した世界の事も、の待ち受けている未来の事も覚えていなくても、ちゃんと計画が推し進められるよう、長い文を書いたのだ。
 だが、それにはまだ想いが足りない。
 四日目からの世界は、やり直しが利くとは限らないのだ。
 失敗すれば、またを失ってしまう。
 だから、その想いを忘れないように――――
「今度こそ、君を守ってみせるから」
 半兵衛は涙で濡れたの顔を包み込むようにし、そっとその耳を両手で塞いだ。
 かち、かち、かち、かち――――
 同じ場所を行ったり来たりしていた、壊れた秒針の音はもう聞かなくていい。
 ただしい時間と未来を目指して、半兵衛は三日目の夜を終える。
 そして、四日目の朝が、半兵衛とが向かえる事の出来なかった明日が訪れ――――
 そして世界は。



end


そして世界は。
変われたのか、次回に続きます。