時限廻廊09
「嘘?」
状況が飲み込めず、半兵衛はと官兵衛の顔を交互に見やった。
官兵衛は常態よりも不機嫌に見える。は……官兵衛の顔を見ぬように俯いていたが、その顔が青ざめている事に半兵衛は気付いた。
「……?」
「卿がここにいるのは都合が悪いが……まあ、いずれ同じ事よ」
独りごつ様に官兵衛は呟くと、無言のまま妖気球を掲げた。
「半兵衛。その女から離れろ」
「え……」
半兵衛は悪い冗談を聞いたように、顔を引きつらせた。
掲げられた妖気球、冗談とは思えない官兵衛の強張った顔――――
それでは、の命を奪いに来る死神は……
「嘘だ」
半兵衛は全てを否定するように呟いた。
官兵衛はの師であり、育ての親だ。いつでもの事を思いやり、大切にして来たではないか。
その官兵衛が――――なぜ、を殺すような真似をする。
「それは近い将来、大きな火種となる。火種は……滅せねばならぬ」
「そんな……だからって、」
「どけ、半兵衛」
官兵衛の顔は今まで見たどの顔よりも凶悪だった。
たとえ火種とは言え、弟子を殺す人間が夜叉とならないはずがない。邪魔をすれば卿もろとも討つと、言外に官兵衛が告げている。
「半兵衛様……」
半兵衛に庇われるようにして立っていたが、半兵衛の羽織の袖を小さく引いた。
「ありがとうございました……。少しでも、あなたと同じ気持ちで居れて、嬉しかった……」
「……?」
「ここでお別れです」
はするりと半兵衛の背後から抜け出すと、官兵衛の前へと飛び出した。その瞬間を待ち構えていたように、官兵衛の呼び出した鬼の手がに襲い掛かる。
「これが……私の運命だから――――」
は死を受け入れるように、静かに瞑目した。
祈るような気持ちで、死の瞬間を待つ。
だが、目を閉じた瞬間、斬撃とは異なる衝撃がを襲い、の身体は大きく跳ね飛ばされていた。
そして鬼の手が穿ったのは、別の――――
「あ、あぁぁああ……」
ごぷり、と血を吐き出して、真っ赤な鮮血が着物の前を汚した。
かち、かち、かち、かち――――
忘れていた秒針が甦る。
「いや……半兵衛様……ああぁ」
が視界の向こうで甲高い悲鳴を上げる。
半兵衛は腹部を穿たれる痛みを、意識の遠くで感じていた。
ああ、そうか……そうだったのか――――
ようやくばらばらに動いていた秒針が、音を合わせて鳴り響いた。
の代わりに死ぬ人間――――それは紛れも無い半兵衛自身だったのだ。
だから、は、自分は、死を巡り、朝を入れ替わり――――
視界の向こうでが涙を零しながら叫ぶ。
「いや……いやぁ! こんな事……望んでない。やり直したのは……こんな事のためじゃない。お願い、いや、こんなもの……もう見たくないの。お願い、」
私の世界を、
返して――――!
かち、かち、かち、かち――――
跳ね上がると、いつもの居室が眼前に広がっていた。
わずかに開いた襖の向こうに、半兵衛の穏やかな寝顔がある。
戻ってきたのだ――――すべてが始まり、すべてを壊す、憂鬱な朝に。
この世界ではどんな風に自分は世界を閉じる?
それとも世界を閉じるのは、自分ではなく半兵衛なのか――――
は自分の膝を抱え込むようにして、涙を零した。
どうしたら、この、時限廻廊から抜けられるのだ。
end
六度目の世界の終幕。
そして七度目の世界へ。
次回、半兵衛視点に戻ります。