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時限廻廊07





 あの五度目の世界の最後の日に、炊事場で働いていた侍女はこう言ったのだ。
様がお命じになられたのです。だから、私は……っ』
 元々、身体の弱いには常備薬があり、それを食事に混ぜて摂取する事があった。
 が薬が代わったと言って、別の丸薬を持って来たのが前の日のこと。苦い薬なのでくれぐれも膳を間違えぬようにと釘を刺し、はそのぬばたまのような薬の筒を侍女に渡したのだった。
 だが、あの日――――半兵衛の手により、毒の出所は暴かれた。
 毒を飲む未来が阻止され、は別の方法で生を閉じる。短銃から放たれた鉛玉で、即頭部を穿たれ――――物言わぬ躯に成り果てる。
「どうしてこんな事に気付かなかったんだろう。なんで運命が変わるかなんて――――当たり前じゃないか。はいつでも俺の世界を塗り替える事が出来た。だから俺は追いつけないし、いつでもが死ぬ運命を目の当たりにする」
 まるでいたちごっこだ。
 半兵衛が救った瞬間、はそれとは別の死への道を辿るのだから。
 そして、半兵衛は次の朝でその道からを救い、はまた別の道を辿っていく。
 秒針の音を聞いていたのは自分だけではない。も同じように、この時限廻廊に迷い込んでいたのである。
 つまり、世界を――――やり直しているのだ。
 それを知った時の半兵衛の絶望は、筆舌に尽くしがたい。
 救おうとした人間が、まさか自分から死を望んでいるなどと思うはずがない。
 これでは永久に――――半兵衛はに追いつくことは出来ない。永遠にこの時限廻廊で、の死ぬ世界を繰り返し続けるのだ。
 四度目の世界――――が頭を穿ち、自ら命を絶った日の前日、半兵衛はに自分が同じ日を繰り返している事を話していた。
 は驚きながらも信じてくれた。だから半兵衛は今度こそを救えるのではないかと、期待を募らせていたのだ。だが――――その期待を裏切り、残酷な死を突きつけたのは……自身だ。
 これを裏切りと呼ばずに何と呼べばいい。
 半兵衛の想いなど、何の抵抗にもならぬと知った時――――半兵衛の中の激情が狂気となって発露した。
 五度目の世界から続く夜、同じ言葉で世界の秘密を知りたがったに、半兵衛は自分の激情をぶつけた。
 捩れてしまった愛情と、劣情と、欲情と、ただ恋しく思う慕情を抱いて、無理やりに身体を繋いだ。
 そうすれば、深く己の存在を刻み付ければ、が死の運命を拒んでくれるのではないかと――――愚かな願いを抱いて。
「結局、はこうして死にに来ちゃったわけだけどね」
 半兵衛は自嘲的な笑みを浮かべて、力なく嗤った。
「ねえ、この世界では、毒は仕込まれてないんでしょう? 今回はそんな時間なかったはずだし、俺に阻止される事をは知っているはずだ」
 は答えなかった。
 だが、その沈黙は肯定と同じだ。
 やっぱりそうなんだ、と半兵衛は悲しげな顔で俯く。
 庭で胸を刺されるのも、毒を飲むのも、撃たれるのも――――すべて狂言自殺なのだ。
 強い意志でを死に引き寄せるのは、自身の凶行に拠るもので、後から追いかける半兵衛はいつもそれには追いつかない。救った瞬間、次の死の道へと運命は分岐する。
 前の世界で凶弾に撃たれて死ぬ事を知った半兵衛は、きっとその時間、は独りにしないだろう。だからその前に、は屋敷を離れてここへ来た。別の死の道を、辿るために。
「教えてよ」
 半兵衛はの小刻みに震える手を握り締めたまま問う。
「どうしては死に往くの? 何故、俺は君を救えないの?」
 半兵衛の冷え切った白面から、大粒の涙が零れ落ちた。
 今までの世界で流して来た悲涙が集まったかのように、半兵衛の大きな瞳からぽろぽろとそれは零れ落ちる。
 ごめんなさい、とは小さく呟いて――――静かな声で世界を語る。
 かち、かち、かち、かち――――
 時の音が尽きる前に、彼女の世界を言葉にしようと。



end


半兵衛と同じように時限廻廊に捕らわれていたヒロイン。
ヒロインが死に往く理由とは。
次回に続きます。