いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、
もも、ち、よろづ――――
時限廻廊03
ただ刻々と時を数える以外に、道があったのだろうか。
この屋敷から連れ出し、何があっても側を離れず、じっとその時を待てば、何かが変わったのだろうか。
半兵衛はひたすら思う。
何かがおかしい。この世界の規律が、どこかでぐにゃりと歪んでしまったような。
それは絶対の運命ではなかったのか。
目覚めて二日後、およそ十八万秒後に、は胸を穿たれ絶命する。
それは今までこの世界に決められた、約束事の一つだったはずなのだ。
だが、四度目の世界にそれは覆った。
そう、半兵衛が部屋から出ないようにとと約束を交わした、あの朝を始まりとする一連の世界のこと。
本来であれば屋敷の庭先で事切れるはずだったは、何故かあの日、毒を煽って命を散らせた。
それはが胸を刺されて死ぬ、三千秒も前の出来事である。
一度目の世界は、何があったのかすら理解できなかった。刺客の話を聞いたものの、は特段気にした風もなく、刺客なんて返り討ちにしてやります、などと豪語していた。
二度目の世界は、こちらが事情を飲み込むのに手間取り後れを取った。正直、自分が異質なのか世界が異質なのか分からぬまま、まんまとを同じ運命に導いてしまった。
だから、三度目の世界には、官兵衛の案に賛同した。は渋々それに従ったが、やはり運命は覆らなかった。独りで大丈夫だから、と護衛をおいて庭先に出たまま、は帰らぬ人となった。
護衛だけでは足りぬのだと理解し、だから四度目の世界には、部屋から出ぬように懇願した。今度こそ運命を回避するために、半兵衛も奔走し続けた。
だが、運命は歪に捩れてしまった。
胸を刺されるより早く、毒の杯がを襲ったのだ。
自分が部屋から出ぬように言ったから、運命が捩れてしまったのか。それとも、元から毒の杯は用意されており、偶々四度目の世界までそれが露見しなかったのか。
半兵衛には分からない――――
ただ、今度こそ救えたと思った命が目の前ではかなくも散り、半兵衛の心は千千に切り裂かれた。
今も――――目を閉じれば、の弛緩した虚ろな躯の感覚が手に甦るようだ。
もう、あんな思いはこりごりだと思うのに、どうすれば死の運命から逃れられるのか分からない。八方塞がりだ。
「侮るな。お前の目とて、万能ではあるまい」
「そうですが……」
納得いかないと言う風に、が唇を尖らせている。
ここで官兵衛に賛同すれば、は護衛を受け入れる。だが、その後の運命では、結局はを救えなかった。
部屋に閉じ込めなければ胸を刺される。部屋に留めれば毒の杯を仰ぐことになる。
何をしてもその一挙一動がの命を奪うきっかけとなってしまいそうで、半兵衛は恐怯した。
「半兵衛様?」
声をかけられ、はっと我に返る。
顔を上げ、取り繕うような笑みを浮かべたが――――それは、微笑にすらならなかった。
「護衛は……俺がやるよ」
少なくとも、それが今考えられ得る最善の策のように思えた。
「でも、半兵衛様のお手を煩わせる事では……」
「異論は認めない」
は何か言いたそうにしていたが、半兵衛の真剣な眼差しに押されて言葉はそれ以上続かなかった。
「わかり……ました」
戸惑いながら頷いたの身体を、きつく抱きしめる。
は何が起こったのか分からぬという顔で、目を白黒させていたが、半兵衛はそんな事情をすべて無視した。
「今度こそ、俺が絶対に守って見せるから」
半兵衛の呟いた不可解な言葉には訝ったが、半兵衛はただ黙ってを抱きしめた。
その日から半兵衛の護衛生活が始まった。
風呂と厠以外はの側を離れず、眠るときも襖を一枚隔てて武器を手にしたまま、眠りに付いた。
ひ、ふ、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり――――
夢の中でも数を数え続ける、そんな生活の中で、半兵衛が憔悴せぬはずがない。
どうか休んでください、とは何度も懇願したが、半兵衛は頑なにそれを拒んだ。
勝負はいつも三日目に決まる。それまでは夢を見ることすら叶わない。
二日目の夜、憔悴しきった半兵衛に耐えかねたのか、が襖越しに半兵衛に声をかけた。
「教えてください……。半兵衛様は何をご存知なのですか?」
半兵衛は迷った。
今ここでに訪れる運命を告げれば、未来は変えられるだろうか。だが、それによって未来がまた捩れてしまったらどうする。
明日話すよと曖昧な言葉で半兵衛は逃げたが、はそれを赦さなかった。
「半兵衛様」
と、厳しい声音で名を呼ばれたかと思うと、二人を隔てる襖がわずかに開いた。
涙に濡れた瞳が半兵衛を見ている。
「……ごめん」
半兵衛はゆっくりと隙間から腕を伸ばすと、指先での涙を拭った。
その腕をは愛しげに両手で握り締めて、頬を寄せた。
温かい――――ぬくもり。
これが明日、失われてしまうのだと思うと、肝が冷えた。
「ねえ、。よく、聞いて……」
半兵衛は意を決すると、世界との運命の事をぽつりぽつりと語り始めた。
end
明確には書いていませんが、タイムリープしています。
半兵衛はヒロインの死んだ瞬間に世界をやり直し、
三日前の朝に戻っています。
今度こそ半兵衛は救えるのか……
次回に続きます。