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 自分の未来を疑った事はなかった――――
 物心ついた頃より、そうなるのだと教え続けられたからだ。
 たびたび見る、碧の目の女の夢も、まるで自身の未来を示唆しているようでもあった。
 女の閉じ込められた座敷や、女の纏う衣は日によって変わった。
 おそらく別人なのだろう。同じ時代に生きた女は、二人としていなかったはずだ。
 だが、彼女達が自分と同じなのだとわかったのは、同じ顔に同じ瞳。
 名前など存在しない、数字で区別される女達。
 生まれては死に、生まれては死ぬ、その繰り返し。
 時たまそれを錯覚してしまう。
 彼女は――――否、私は、同じ命を輪廻させ、ずっとこの囲いに住む亡霊なのだ。
 常世姫という名の、化け物だ。




舞宵 26





 音も、時間も何も存在しない――――悠久の時を閉じ込めたかのように、その部屋は静かだった。
 城外の喊声も怒号も、白煙も、炎も届かない、異界である。
 その代わり光も届かない。風も空も、花も、動物も、外の世界から隔離された小さな部屋である。
「痴れ者が」
 再び、忌々しげに吐き捨てるように、兄は言い放った。
 は悲しげに顔を俯かせ、睫毛を伏せた。
「兄上。どうか降伏してください。勝敗はもう、決しています」
 精一杯の言葉だったが、はそれを嘲笑った。
「厭だと言ったらどうする」
「それは……」
 は唇をかみ締めて、武器を持つ手に力を込めた。がくっと口角を引き上げて、嗤う。
「今まで生かされてきた分際で、愚かな事よ。常世が己が城を落とすなど、後世の笑い話だな」
「なぜ……ですか。では、兄上は私は……私達はずっと格子の中で生きるべきだと仰るのですか。何も知らず、心を持たず、ただただ道具として使われ続けるべきだと」
「それ以外に何がある? どうせ貴様は格子の中でしか生きられまい」
「違う!」
 は感情を爆発させるように、声を張り上げた。
「そんなの違う! 絶対に違う! 名前も顔もない私達は生きる意義さえ見つけられない! 死ぬために生まれてくるなんて、生きるために死ぬなんて――――そうやって閉じ込めて、目を塞いで、耳も、口も、人としての心さえ、奪い続けて来たのはあなた達じゃないですか!」
 自分の利益のために、家のために、出世のために――――ずっといいように利用して来たのは!
「黙れ!」
 の怒号が響いた。
「貴様に一体何が分かる! 道具だと? 生きる意義だと? 嗤わせるなっ」
 振り上げた拳が、がんっと格子の枠組みを叩いた。堅牢な囲いはびくともしない。
「貴様は自分ばかりが、囲い閨に囚われて来たとでも思っているのか! 身体を持たぬ貴様のために、何人の人間が囚われ、犠牲になったか……知らぬのは貴様の方だ!」
 愚か者がっ! は怒りをぶつけるように叫んだ。
「俺が父上から何を受け継いだか教えてやろう。父上は俺に、骨になれと言った。黒い骨だ。それがの当主であり、この家に生まれた者の定めだと。この城は誰が建てた、誰が守った? 貴様はただ、この部屋の中でぬくぬくと育っただけではないか!」
「でも、それは……!」
「逃がさぬためだとでも言いたいのか。ふざけるな、我らは貴様の穢れた血が、外に出ぬよう守をして来た。何年も、何代も……それこそ貴様らが存在する時から、この格子はあるのだ」
 この黒い格子は、いわば我らの骨だ――――
 は碧の瞳を大きく見開いた。
「貴様らには実体がない。肉も、骨も、顔も、名前も。ただ、常世姫と名づけられたそれは、血脈を辿って流れ往く。だから我らが器となる。檻と成り、壁と成り、肉体という囲いを与えて、そこに封じる。身体と、格子と、城と、幾重もの器を与えて、お前達を封じているのだ」
 父母に与えられた身体。常世姫の住まう囲い閨。深緑の瓦で覆われた翡翠城。
 その全てが常世姫を宿す器であり、封印なのだと――――
「わかったか。貴様を囲うために、何人もの人間が格子となり、檻となり、犠牲となった。我が子が常世姫として生まれた事に、父上がどれほど苦悶されたか。母上がどれほど嘆いた事か……どれほど俺が――――!」
 言葉はそこで途切れた。
 焼けた天井が、突如崩れ落ちてきたのだ。
 咄嗟に半兵衛が腕を引きは部屋の外へと連れ出されたが、が逃げる事は叶わなかった。
「兄上!」
 燃え盛る炎の向こうに呼びかける。
 兄はごほごほと咳き込むと、身体を屈めて、その場に崩れ落ちた。黒い格子に背をもたれ、痴れ者がと呟いた。
「城が欲しくばくれてやる。の名も好きにするが良い。……だが、忘れるな。解放される事などない。貴様が常世である限り……血と、名と、力の檻はいつでもお前を阻む」
 再びがらがらと天井が崩れ落ちたかと思うと、の姿は炎の向こうに消えた。
「兄上っ!」
 はわが身を省みず炎の中へ飛び込もうとしたが、半兵衛がそれを阻止した。持てる万力で力任せに腕を引き、炎から逃れるように走る。
「兄上――――っ!」
 の叫び声は業火の中へと消えた。





 ――――何年も経つというのに、未だ己を兄と呼ぶ声を聞きながら、は足を引きずって囲いの中へと入った。
 真っ赤な緋毛氈も、赤い雪洞も、今は炎の紅に染まっている。
 薄汚れた文机の引き出しを開けると、古びた和紙が出てきた。
 桔梗に椿、藤、百合、女郎花――――
 四季折々の鮮やかな花が、押し花にして大切に仕舞われている。
 ふん、とは嘲笑うかのように鼻を鳴らすと、炎へ向ってそれを投げた。一瞬にして焼き尽くされ、灰燼を残して散り散りになる。
 こんな物を後生大事に――――
 ただの気まぐれに過ぎぬ。
 化け物の顔を見てみたかっただけだ。の家に住まう、御伽噺の正体をこの眼で見てやりたかっただけだ。
 だから、禁を犯してここへ来た。どんな反応をするか見たくて、適当な花を摘んだ。
 意味のない、気まぐれ。それだけを――――
 やはり己も囚われている。という名も、兄妹という血も、縛り付ける囲いでしかあるまいに。
 は独り自嘲的な笑みを浮かべると、脇差をついて己の腹にあてた。
 自分が死んでも、別の誰かがの名を継ぐ。血脈は累々と引き継がれ、常世姫が生まれ続けるように、格子となる人間達も代を変え生まれ往くのだ。
 何も変わらぬ、それを皮肉るように嗤って――――
 はゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。



end

常世姫と共に囚われてきた人々。
最後の押し花は14話の花です。