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舞宵 25





 夜明けと共に攻撃をしかけ、城攻めが始まった。
 数日の攻防の末、予想以上にあっけなく城門を突破できたのは、側に土壇場での離反者が現れたところが大きい。
 そもそも、これはと織田の戦ではなく、お家騒動である。
 家臣達にしてみれば主家同士の突然の反目に大いに戸惑い、自分が真に仕えるのはの家か常世姫の血か、ずいぶん悩まされた事だろう。
 だが、逆を返せば本来はそれはどちらでも構わないのだ。
 が倒れればの城主に収まる。が倒れれば別の常世姫が、の子に生まれる。
 死するのは個人だけであり、の家も常世姫の名もどちらにしろ失われない。
 そして、この場での個人というのは、いかに忠義と信仰を向けた主君や姫であっても、すげ替えが可能なのだ。誰ものために戦ってはいない。あえていうならば、自分が付いた方が勝利すれば、自分の一族は安泰であると――――ただそれだけなのだ。
 当然、が勝てば浅井に与し、常世姫が勝てば織田に伏することになるのだが、戦国乱世で自立出来ぬ家は、多かれ少なかれ力に靡いて従うものである。
 つまり、から離反者が現れたと言う事は、現状の方が有利――――いや、織田勢の方が有利だと思われたからに他ならない。半兵衛が密かに間者を差し向けて流した、姉川の戦いの織田勢有利の報が、こうして両者の力加減を左右する事に成功したのだった。
 城門を突破した将兵は、我先に功を立てんと本丸へとなだれ込んだ。当然その隙に裏より回ったの別働隊が織田の本陣を狙っていたが、無駄に迎撃せず、半兵衛はあくまで城攻めに兵力を注ぎ込んだ。
 この戦はの、どちらかが降伏すれば終わる。兵力の差も鑑み、長期戦に成れば成るほど、織田は不利になり双方の被害も大きくなるのだ。
 ならば、多少強引でも一気に頭を狙いに行った方がいい。
 どうせ、この戦に負ければの命はない――――背水の陣を自ら作り出し、半兵衛はと共に果敢に攻め込んだ。
 そして、開戦よりどのくらいの時が過ぎた頃だろう。
 翡翠城に紅蓮の炎が立ち上った。
 その炎は、事実上、の城が落ちた事を意味し、織田の兵達は自分達の勝利に喊声を上げたのだった。





「勝った……」
 は城内で兵達の喊声を、呆然と耳にしていた。
 当然、これは将兵の奮戦と半兵衛の計略あっての勝利だったが、いささかあっけなく感じてしまったのは、を破ったという実感がないためだ。そしてその根拠は、兄・が未だ城内に留まっているためである。
 城外の兵はほぼ投降したが、城内の兵達は城に火が上がったものの、最後まで抗うつもりであるらしい。
! 早く城を出た方がいい」
 周りの敵をなぎ倒しながら、半兵衛が叫んだ。
 この炎の中では篭城など不可能だ。耐え切れず城を出てきた所でを討てばいいし、もしが自刃の道を選ぶならそれも一つの決着の付け方だろう。
 もはや勝敗は覆らないのだ。
 だが、は首を横に振ってそれを拒否した。
「この先に……兄がいます」
 白煙で霞む階上をじっと見つめる。その瞳は煌々と碧の輝きを放っていた。

 半兵衛はの手を引き戻そうとしたが、の真剣な表情に驚き、思わず力を緩めた。
「お願い。行かせてください」
 覚悟を決めた顔がそこにある。
 半兵衛は逡巡し、だが止められない事を悟ると、わかったと呟くように答えた。
「でも、俺も行く。戦の行く末を最後まで見つめるのは、軍師の勤めだからね」
 は、わずかに笑んだようだった。
 そして、武器を構え直すと上に向って、階段を駆け上がった。
 城を駆けた記憶などない。いつも同じ部屋で過ごし、同じ風景ばかりを見ていた。
 だが、それがどこにあるかは知っている。
 否、教えてくれるのだ。
 片目だけ開かれた碧の瞳が、を導くように、その場所を示した。
 力任せに襖を開くと、その部屋だけ異質な感じがした。
 城ごと炎に囲まれているというのに妙にひんやりとする。薄暗く窓もなく、ただ部屋の中に置かれた灯篭が頼りなさげな光を放っている。
「やはり、ここに……いらしたのですね」
 四方を囲む格子は木炭のように黒く、堅牢な囲いを作って世界と隔離する。
 その小さな、寂れたひな壇のような部屋に――――男は従者も従えず、ぽつんと格子を背に立っていた。
 まるでが来る事を知っていたかのように。
 は片目を覆った包帯を解くと、傷を負った瞳をゆるゆると開いた。
 煌々と、碧の瞳が両眼に宿る。
「痴れ者が」
 の想いを込めた瞳に、兄は忌々しげな視線を返した。



end

落城。そして、対峙。