舞宵 13
高く響く口笛と共に、上空に一羽の鷹が羽ばたいた。大きな羽を宙に撒き散らし、バサリと風を切って翼をはためかせると、差し出された細腕に止まった。
鷹は大きな瞳で主人を見やり、首の下辺りを掻かれると嬉しそうにホロホロと鳴いた。
「よく躾けてあるなぁ」
半兵衛は少女の身体には不釣合いな大鷹を見やり、感嘆の声を上げた。
は恥じ入る事も謙遜もせず、
「私は戦力としては、皆様に遠く及びません。だから膂力以外で補えるものは、身につけておこうと思うのです」
と、至極当然とでも言うように答えた。
武人としては立派だが、相変わらず言葉に可愛げがない。が、はそれを意に介さないまま、鷹の足に括り付けられた紙を解いた。
自分が目を通す前に半兵衛に差し出す。この辺りが、分を弁えた者の行動とも言えたが、半兵衛にはいささかそれが固く見えた。
「天筒山城が落ちた、か……」
天筒山城を攻めていた官兵衛からの知らせである。秀吉に間髪要れず金ヶ崎城を包囲するよう告げよとあった。
破竹の勢いで包む織田勢の前に、朝倉の命運も尽きようとしている。後は天筒山城に向った軍勢も集め、金ヶ崎城を落とせば勝敗は決するだろう。
だが、
「そう上手くいくかなぁ」
半兵衛は誰ともなしに、己の中に生じる疑念を口にした。
の腕に止まった鷹が、訝るように首を振るった。
斉藤家を滅ぼし美濃を統一した織田家が次の目標に定めたのは、越前を領土とする朝倉家だった。
朝倉家は近江の浅井家と盟友の関係にある。信長の妹・市が浅井長政に嫁ぐにあたり、織田は朝倉を攻めぬという不戦条約を浅井との間に結んでいたが、それを反故にしての進軍だった。
そのため、この事で市の立場が浅井家で危うくなるのではと、秀吉は始終案じていたが、苛烈に進軍を推し進める信長の前では口が裂けても言えぬ事だった。
ともあれ、戦は順調に勝ち進んでいる。
織田勢の勝利もさることながら、配下に伴った半兵衛、官兵衛、の三人の活躍が、秀吉をまた喜ばせていた。軍師という立場から決して出すぎる事はせず、だがここぞという時には主人である秀吉の手柄となるよう、うまく補佐をしてくれる。初めは戦力の薄さを案じた秀吉だったが、力ではなく頭で勝つ戦というものを目の当たりにさせられていた。
「金ヶ崎城を包囲してください。攻撃は仕掛けず、ただし全ての兵をそこに集中させて」
半兵衛の提言に、秀吉は最初戸惑いを見せた。
確かに織田勢は優勢である。このまま力押しに出れば、いずれ城は落ちるだろう。
だが、全兵力を前線に集中させ、他の場所から攻められたらどうする。
秀吉の問いに半兵衛はにやりと笑みを作った。
「だからこそ、全部の兵を出して圧倒的な戦力差を見せ付けるんですよ。相手に絶望を与えて、手っ取り早く城を手に入れるんです」
口にはしなかったが、半兵衛の脳裏には浅井の存在があった。もしここで浅井に後ろを取られれば、織田は逃げ場のないまま朝倉と浅井に攻められる事になる。ならばせめて、前方の城は無力化しておきたいという算段があった。
秀吉は訝りながらも、半兵衛の言に間違いはあるまいと、その策を信長に提言した。信長は面白い、と笑って秀吉に指揮を任せたところ――――なんと金ヶ崎城を守る朝倉景恒は秀吉の降伏勧告を受け入れたのだった。まさかの無血入城に織田の諸将も驚きを隠せなかった。
金ヶ崎城を落とされた朝倉軍は敦賀郡を退き、木ノ芽峠へと撤退を余儀なくされた。
end
今回から新章突入です。
対朝倉のため、遠征してきました。