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舞宵 12





 と清正は日がとっぷりと暮れてから戻った。よもや二人の間に何かあったのではと気が気ではなかった半兵衛だったが、が片足を引きずって戻ったのを目にして、そんな下らぬ悋気はどこかへ飛んでしまった。
 挫いただけです、とは説明したが、殊に甘いねねは大怪我でも負ったように大慌てでさじを呼んだ。
「おねね様は大袈裟なのです」
 と、包帯でぐるぐるに巻かれた足首を引きずりながらは言うが、もともと病弱な上、他の子飼いに比べて幾周りも華奢なの事を、ねねが心配しないはずはなかった。
 今日は大事を取って早く寝なさい、と言いつけられ、は渋々と寝所へ向った。
 そのため、官兵衛への報告には代わりに清正が現れた。
 普段、足を向けもしない軍師達の執務室へ入ると、図体のでかい身体をどかりと文机の前に降ろし、件の斥候を追い返した旨を告げた。
 報告の最後に、が戦闘の途中で怪我を負った事を言い添えたが、官兵衛は特段気にした風はなかった。
「放っておけ。目が使えるならば、喩え四肢が砕けても問題はあるまい」
 官兵衛のいつもの他愛もない皮肉だが、それが癇に障ったのか、
「あんたにとっちゃ、俺達は使い捨ての駒なのかよ」
 と、清正が噛み付いた。
 他の二人に比べ大人びていると思っていたが、官兵衛の皮肉を聞き逃せぬようでは、まだ青いと言わざるを得ない。
「俺が一緒なら、に怪我なんてさせないけどね」
 横から口を出した半兵衛に、ますます清正は低い唸り声を上げる。
「黙ってろ、半兵衛。軍師は軍師らしく、部屋で書でもしたためてろ」
 も軍師の一人であるという事は、念頭から外れているのだろう。何のための護衛だと、もう少しいびってやろうと思ったが、官兵衛は早々に話を切り上げ、清正に辞去するよう促した。
「大人気ないぞ、半兵衛」
 清正が去った後、官兵衛がたしなめるように告げた。
 年下の官兵衛に叱咤される事はいつもの事だが、大人気ないとまで言われては、半兵衛も肩をすくめるしかない。
「分かってるんだけどさぁ。妙に突っかかってくるから、ついね」
 清正とての怪我に、責任を感じていないはずはないだろう。だからこそ過敏に官兵衛の言葉に反応したのかもしれない。
 だが、置いていかれた半兵衛にしてみれば、自分ならばと思わずにはいられないのだ。
「あれの事で余計な面倒は起こさぬと、誓ったのではなかったのか?」
 それは先の戦の折、交わした約束である。
 わかってるって、と半兵衛は詰まらなそうな顔で返す。
「俺だってを困らせるような事はしたくないからね」
 だが――――いずれ清正や子飼い達とは、話をつける時が来るのだろうな、と半兵衛は予見していた。
「ま、負けるつもりはないけどね」
 半兵衛は呟くと、虫の音を鳴らす庭先に視線を放った。





 明くる日、屋敷の裏の土手で寝入っていた半兵衛を、いつものようにが起こしに来ていた。
「竹中殿」
 と、半兵衛の顔に陰を落とし、頭上から覗き込む。
 半兵衛はうっすらと目を開けると、ふわぁとあくびを噛み殺した。
「官兵衛様がお呼びです」
 お決まりの台詞を受けて、半兵衛は不承不承身体を起こす。
「せっかくだから、もここで昼寝しない?」
 と誘ってみるのだが、の突き刺すような視線が痛いので、素直に戻る事にした。
「今日は高い所ではないのですね」
 先導するが振り返らぬまま問う。
「まあね。に起こしに来て欲しかったから」
 の怪我を気遣って、わざわざ低い所で昼寝をしていたのだが、はその意味を理解していないだろう。
「私としては、起こさずに済むよう政務に励んでいただきたいものです」
 と、説教めいた事を呟いているのだから。
「寝て暮らせる世、まだ遠いかぁ」
 半兵衛は大きく伸びをして、空を仰いだ。



end


ラブコメみたいに、起こしに来てくれる愛柄になりました。
次回、新展開です。