舞宵 11
「あーあ、子飼いの奴ら、戦にでも行って潰れてくんないかなぁ」
鼻と唇の間に筆を載せて、天井を仰ぎながら半兵衛が呟いた。
「半兵衛。滅多なことを言うな」
形ばかりの注意はするが、官兵衛の関心はない。また半兵衛の詰まらぬ戯言だと、聞き流しているのである。
「だぁ〜ってさぁ。清正の奴。あいつ絶対、性格悪いよ!」
「ほう、卿に言われるなら相当のものだな」
「ちょっ、どーいう意味それ。……だいたい俺とのひと時を邪魔した挙句、喧嘩売るなんていい度胸じゃん。そもそも年上に対する口の利き方がなってないよね」
いつか教育的指導をしなきゃ、などと半兵衛がぼやいていると、すっと襖が静かに開かれた。
「清正が何か……?」
半兵衛の声が廊下にまで響いたのか、訝りながらが姿を現した。
だから言わぬ事はない、と官兵衛が視線で訴える。
「あー、えっと……何でもないよ、こっちの話」
それより何か用? と半兵衛は話を強引に変えた。
は官兵衛の前に膝を着くと、
「北西の街道で斥候らしき者を発見致しました。捕らえますか?」
半兵衛がぴゅう、と口笛を吹いた。
は日課として、近隣諸国を含める半径数里に渡る範囲内を、その目で監視している。その範囲は広く、それこそ千里眼がなければとても見渡せるものではないが、今日も半兵衛が昼寝をしている間もずっとその目で頻繁に索敵を行っていたのだった。
勿論、その者が斥候であるかどうかは視覚的にしか判断できないし、千里眼を使う時間は限られている。だが、注意深く観察する事で、幾たびもこの国を守って来たのだった。
「適当に打ち合って追い返せ。斥候の入る隙などないと教えてやれ」
「承知いたしました」
は一礼すると、すぐさま立ち上がった。その足で撃退に向うつもりらしい。
「あ、じゃあ、俺も付いてくよ」
格好のサボり理由を見つけた半兵衛は、意気揚々との後に続いたが、官兵衛に首根っこを掴まれて阻まれる。
「卿は職務を果たせ」
「えー。それは帰ってからするからさぁ……」
「そう言って、今まで約束を果たした事があったか?」
今日から本気出すから、いいや卿の言うことは信用ならぬ、ととても軍師とは思えない会話を二人が続ける中、
「おい、話はまだ終わらないのか」
と、廊下から清正が首を出した。
うげ、と反射的に半兵衛は顔をしかめる。
「共には清正を連れて行きます。ですので、どうぞお気になさらず」
としては、半兵衛の仕事の邪魔をしないようにと気を遣ったつもりなのだろう。が、先ほどの一件も相まって、半兵衛は得も言えぬ敗北感に苛まれた。しかも、そんな半兵衛を嘲笑うように、清正の唇の端には優越の笑みが浮かんでいる。
このガキ――――!
半兵衛はぎりぎりと拳に力を込めた。
そんな二人を訝るような視線でが交互に見やる。
「もうよい。行け」
と、呆れ果てた官兵衛に許しを出され、は一礼するとその場を辞した。
襖がぱたりと閉じられ、二人の足音が遠のくと――――
「きーよーまーさー!」
半兵衛は握り締めた拳を、だんっと文机に叩き付けた。
「自業自得だな」
官兵衛の呆れた声が上がる。
「ちょっと、官兵衛殿! ど・う・し・て俺の邪魔するような事するわけ? 俺に協力してくれるって言ったじゃん!」
協力すると約束したのは、の人形の顔を解してやる件の事だ。そもそも官兵衛は一方的に仲間に誘われて同意したつもりもなかったが――――この調子では何を言っても聞くまい。
「私は誰の肩も持たぬ」
冷たく言い放つと、半兵衛はまるで子供が癇癪を起こすように、ああもう! ともう一度文机を叩いた。
そんな同僚を尻目に、官兵衛は小さくため息を付く。
やれやれ。この男はとは逆に、少し感情を削った方がいいのではないか――――?
end
清正に出し抜かれて嫉妬の炎をめらめら燃やす半兵衛。
ちょっと大人気なさ過ぎたかも。